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ROOM’s Circle by M Vol.3「岡本克彦さん/こすぎの大学」

ミラツクのメンバーシップ「ROOM」で展開する「ROOM’s Circle」。コミュニティ内外から素敵なゲストをお招きし、緩やかにお話を伺うオンラインの場です。テーマではなく人にフォーカスし、ゲストの魅力を通じてネットワークや繋がりを創造してきました。
ROOMメンバー主導で始まった新しい取り組みROOM’s Circle "by M"、第3回ゲストは岡本克彦さんです。

岡本克彦(こすぎの大学)
「公ではブランド戦略を、私では地域デザインを。」NECに勤務し、ブランド戦略を担当。2011年、企業人が会社の枠を超えて価値共創する「企業間フューチャーセンターLLP」の立ち上げに関わる。その経験を活かして、自分が住まう街 武蔵小杉を中心に地域デザインに取組み始め、2013年よりソーシャル系大学「こすぎの大学」、シビックプライドに溢れる街づくりを目指した「川崎モラル」を企画運営する。公私を融合させた「働き方」や「楽しみ方」を模索中。

ROOM’s Circle by M Vol.3本編

岡本さん
今日は会社から参加しています。以前からリモート推奨の会社でしたがコロナ禍でさらにリモート化が進みました。家で仕事していると家族との間で微妙な空気が流れるので、普段はコワーキングスペースで作業しています。いつもランチ後に昼寝で切り替えているので、今日も夢の中からラジオ参加している感じです。

丸毛:僕もお昼寝していたので、夢の国の話として聞いてもらいたいですね笑。さて、経歴をお聞きすると、いろんなことをやってきていらっしゃるように思いますが、一つ一つ積み上げてきたという認識ですか?それとも色々な事をやったな、とお感じになりますか?

岡本さん
 僕は仕事上、商品企画の経歴が長く色んなことを企てきましたが、新しいことを立ち上げるだけでなく、継続することが好きなので、印象深いいくつかの事を続けてきたなという認識です。仕事では2050年を見据えて今からできる事を実験するNEC未来創造会議、プライベートでは自分が住んでいる川崎市でソーシャル系大学「こすぎの大学」と、ルールじゃなくてモラルでまちづくりできないか「川崎モデル」に取り組んでいます。

 人生100年時代だと言われていますが、僕は生きる事を三毛作だと感じています。そうすると今49歳で二毛作目の半ば。
 一毛作目の自分は振り返ってみてもちょっと嫌な人間でした。ガラケーの商品企画をやっていて、自分が企画した商品が軒並みヒットするものだから天狗になっていた。けれども、2008年にiPhoneが上陸したと同時に僕らの仕事がなくなってしまい、自分一人では何もできないと思い知った。COCREATIONや地域の仕事を始めて、未来を考え始めるようになりました。これが二毛作目。

丸毛:当時相当な混乱がありましたか?

岡本さん
 iPhoneの上陸を通じて一次情報の大事さを思い知りました。Softbankのお店で孫正義さんがイベントをやって、表参道のお店から歩道橋を伝って渋谷駅付近までお客さんが並ぶ様子に「世の中が変わるぞ」という実感を持ちました。けれども、相当な熱量を持ってこの事を当時の携帯電話事業のトップに話したら「ニュースで見た」と言われて温度差を感じてしまった。開発者で現場まで見に行ったのは僕だけでした。
 そこから、原体験を大事にするようになりましたね。直に体験することが本当に人を変えていく。悲しい事件を経て人が変わっていくのはもっともな事だけど、事件がなくても人が変わって行けないかということを今チャレンジしています。

丸毛:越境するような活動はここから始まっていったのですね。最初は何から始めたのですか?

岡本さん
 最初はどうすればいいかわからなくて断崖絶壁に追いやられました。しかし恵まれたことに社内にも同じ課題感を持つ人がいた。そこでフューチャーセッション(当時はワールドカフェ)にジョインさせてもらった。「これからのコミュニケーションはどう変わっていくか」などのテーマで月一開催していたのが、徐々に回数が増えて隔週、時には毎週やるようになってきた。すると領収書を求める人が出てきて、個人印だと領収書が落ちないから、ニーズに答えるために団体を立ち上げました。

丸毛:そこでの活動が「こすぎの大学」に繋がっていく?

岡本さん
 そもそも共創活動を始めたのは商品企画のためでした。しかし、いろんな人と繋がって活動の楽しさに目覚めました。僕はオフィスも地元も武蔵小杉ですが、ワールドカフェからの帰り道に急に寂しくなった事があって。寝るだけの家族以外に知り合いのいない街とワールドカフェとのギャップを感じ始めて地元のコミュニティ活動を探したが、当時はなかった。だったら自分で作ろうとなって、「こすぎの大学」を始める契機になりました。
 
 武蔵小杉は再開発が盛んでタワマンが12棟建ち、住民も増えてきました。同様の取り組みはシブヤ大学が先駆けですが、こすぎの大学は毎月第二金曜日の夜に大人も子供も住民以外も集まれる場を開いています。30分ほど「何かをやりたい」人の話を聞き、アイデアを受けてみんなで話し合います。

丸毛:旧住民と新住民の軋轢はありましたか?

岡本さん
 武蔵小杉のケースでは軋轢はありませんでした。タワーマンションの住民はお互い気になるけれど交流かがないという土壌があり、主宰がタワマン住民や自治会の人であればしこりが生まれたかもしれません。僕は武蔵小杉のはずれに住んでいて「よそ者」だから中立地帯だったのでしょう。

丸毛:8年も続いた秘訣は?

岡本さん
僕が飽き性でないというのも大きいけれど、一つは友達の存在が大きいです。五人で運営していて、だからこそ長く運営できる。企画においても一人あたりの負担がそれほど多くないし、仕事で忙しくてもカバーしあえます。心理的負担が軽減する。「チームでやること」「できることしかやらない」「楽しいと感じないことはやらない」がグラウンドルール。うまく分散して、疲れることはやらない。

丸毛:やらなきゃいけない活動になっちゃうと悲しい。大事ですね。五人はどういう経緯で知り合ったのですか?

岡本さん
 僕は当初知り合いがいなかったのですが、恵まれているのでいつも白馬の王子が現れる!(笑)社内で部門を超えて集まれる場を主宰していて、会社の壁も取り払われてきたので社外に出ようと思ったがとっかかりが見つからず、一方タワーマンション内のコミュニテイに読書会があってヤギちゃんという白馬の王子が現れてこの二つを繋げてくれた!読書会でも本以外のことでも地域の人と話したいと思っていたらしくて。

丸毛:8年で一番印象に残っている出来事はありますか?

岡本さん
 これまで106回やってきて、全ての回が印象深くはあるけども、今の気持ちで選ぶとチャンバラ回!子どもがたくさん遊んでいる河川敷でウレタン製の安全な剣でチャンバラをしました。最初は地元に友達もいなかったのにチャンバラを真剣にやるようになったのは感極まりました。娘も参加して、本当によかった!

丸毛:ボランティアでも地域活動でも「みんなやっていこうぜ」の流れがありますね!ところで、岡本さんのプロフィールの文末には「模索中です」と書いてある。今、何をお感じになっていますか?
 僕もコロナで99%の仕事がオンラインになりました。住んでいるのでは妻の実家なのでで地域に知り合いがいませんが、オンラインだと各地に知り合いがいる状況です。地域にも関わりたいと思い始めてもいます。

岡本さん
 「何を目指していますか」の質問はいつも回答に困ります。今をエンジョイして現在進行形でいたいので。いろんな人と共創活動をしながら区や市の仕事も貰えるようになってきたけれど、最初から目指していたのではない。大切なのは自分たちごととして関与できること。これまでは自分ごとと地域ごとが分離していた。それが一緒のこととして考えられてやがて未来ごとになっていく。すごく満たされて関与できて嬉しい気持ちになれる。仲間とやっていると70点でも満足できる。誰もが関与できるような社会にできるようにしていきたいのです。SDGsでも誰一人として取りこぼさない社会にと言われるようになってきたけど、誰もが関与できる社会になればいいと僕は考えています。

丸毛:武蔵小杉も岡本さんを通して知らない街ではなくて、行ってみたい街になりました。活動に興味がある人はどう関与できますか?

岡本さん
 第二金曜日オンラインでお待ちしています!、参加してもらうだけでなく僕も参加できるような相互の取り組みがあればいいですね!

岡本さん、ありがとうございました!

(聞き手:丸毛幸太郎、文章:草刈麻衣)

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