学園都市最大の謎、アルジェナ入学の真相を追い我々はジャングルの奥地へと向かった

 アルジェナ・エヴァンス。ソレイユの父親とソレイユの母親を持つソレイユ。後の五姉弟の長女として生まれる。彼女を含めた姉弟たちは多くのソレイユの例に漏れず、優れた容姿と恵まれた身体能力を持ち、肉体労働に長ける反面、お世辞にも頭脳労働に向いているとは言えなかった。
 アルジェナは五人の中でも群を抜いていた。端正な顔立ち、抜群のプロポーション、獣を思わせる身体能力、人族離れしたパワー、そして絶望的な頭の弱さ。種族としてソレイユが持つ特徴、その全てが突き抜けていたのである。

 両親がそんなアルジェナを人一倍元気で手はかかるがかわいい娘という範疇で見做せていた日々は彼女が成人を迎えるころには限界に達することになる。
 アルジェナはけして道徳心を失い道を外れるようなことこそなかったものの、著しく自制心に欠けており、誘惑に弱く、そんな人間が極めて原始的な種族由来の生活に不満を感じずにいられたのはひとえに外の世界を知らずに過ごせていたからであった。
 
 単独で都市部に出る機会を得たある日を境に彼女の境遇は一変する。すなわち、酒・賭・色に瞬く間に脆弱な理性を蹴散らされた。アルジェナ・エヴァンス、当時15歳。

 当然の帰結として、一気に押し寄せた若気の至りは尾を引き摺りまくることになる。刹那的に過ぎる日常、いつのまにか膨れ上がった借金を以って両親にかつてないほどの勢いで思いっきり怒られて反省。同じく当時15歳。

 とはいえすでに骨の髄まで都市部の娯楽に染まり切ったアルジェナが元の生活にすんなり戻ることは言うまでもなく不可能だった。簡単にやめられるならばそもそも中毒者と呼ばれる者たちがことさらに厄介、という認識も成立しない。さらなる刺激を求めてアルジェナ人生初の家出敢行。まだまだ15歳。

 アルジェナは流れに流れた。次々と巡り合う新たな刺激と快楽に身を震わせつつ、家出しておいて母親と普通に文通を続けながら流れに流れた。本当に流れに流れた。

 流れついた。というか泳いだ。

 アルジェナ・エヴァンス、ギリギリ15歳。



 そこは彼女にとって求めた楽園(パラダイス)ではあったが、目的地として設定し、順序立てて条件をクリアして、ついにたどり着いたというわけでは決してなかった。アルジェナにそんな高度なプランニングはできない。まったくの偶然の漂流。

 閉じた世界でありながら何もかもがあった。彼女が愛する娯楽の数々はもちろんのこと、混在する多種多様な種族・種族的差異、それらがもたらす千差万別の思想・価値観、歪極まる都市構造とその象徴である学園。

 自らの永住の地に定める、などと言う小難しい定義こそできなかったが、感覚としてそれに近いものを実感していたアルジェナを早くも悲劇が襲う。学籍の有無。人生最大のテーマパークを訪れておきながらその目玉となるアトラクションに空席はない。彼女はあくまでも招かれざる客。呼んでもないし来るとも思っていない。

 昨晩カジノでなけなしの手持ちて勝負をかけ、珍しく薄氷の勝利を手にした後、祝杯をあげるため立ち寄った酒場で意気投合した女の子、もとい女の子かと思った同い年らしい少年はその資格を持つという。持たない自分がイレギュラー。彼の大笑いは雄弁だった。
 あんなに愉快で気の合いそうなヤツとも楽しく過ごせるかもしれないというのに、自分にはパスがない。ついでに金もない。夢の国は持たざるものを拒む。残酷な現実がアルジェナを迎えに来ようという、その寸前。

 
「ええ!?筋肉以外に何も持ってない!?お金も家も学籍も脳味噌も?後ろ盾なし帰属するコミュニティ無しのパーフェクト素寒貧?ふ~ん……」


 死神よりいち早く、蜘蛛は降りてきた。お世辞にも神仏とは到底形容しかねるその姿。
 ソレイユを象徴する言葉として太陽がある。ティダンに生み出されたとされる彼らにとって太陽は馴染み深い。
 眼前で糸を垂らそうとせんとする蜘蛛は、何も本質までもが蜘蛛そのものと言うわけではない。そうではなく。馴染み深いはずの。しかしこうではなかったような。
 


「ならば、そんな貴女にビッグチャ~~ンス!なんとここに描かれた名前の人物を全員殴り飛ばして半殺しににするだけで、学籍と家が手に入っちゃうんです!素敵だと思いませんか…?」


 ギラギラギラギラ。

 女は燃えている。

 崖っぷちで引き当てた無敵のジョーカー。

 どうしようもない太陽の末裔が出会った黒い太陽は、楽園の永住権をチラつかせる。

 

 アルジェナは、誘惑に弱かった。


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