見出し画像

車とバイクについて書こうと思う

車が出てくる小説で、記憶に残るのが、五木寛之さんの疾れ逆ハン愚連隊だ。五木寛之さんが妙蓮寺にお住まいだった事もあり、舞台が横浜で、当時の大学近くで、住んでる環境が近かった。

大学の研究室では、入ったらすぐに大型バイクの限定解除をしに行かされた。何故か分からないが、皆、限定解除していて、大型バイクが400ccより安い時代だった。

神奈川県交通機動隊、二俣川試験場は、いつも見る顔の受験者ばかりで、白バイ乗りが出来ないと合格出来ない雰囲気だった。

今のように自動車学校で取れないので、試験場で一発試験しか方法が無く、1回3600円ぐらい払って10回程度で何とか合格する試験だった。

3コースあって、日替りでどのコースか分からない。暗記しきれず途中で、分かりませんと手を挙げる。

初日は、出発すら出来なかった。
はい終わり。

跨る前に後方確認が必要で、出発前にも後方確認、ミラーは右しかなく、頭を意思を持って振る技術が求められた。最後の頃には無意識に頭を振っている。

完走したら、ほぼ、合格だ。

誰も完走者が居ない日は、時間があるので、教官がデモ走行を見せてくれた。

俺の走りを見ておけ!と一言!

見事な走り。模範走行。

多くの人は、練習する場所もバイクも無いので、相模原辺りで、個人で練習コースを持っている人のコースを借りに行ったり、バイク屋さんの駐車場で練習させてもらったり、限定解除前に大型バイク買ったりして練習した。

当時は条件違反なだけだった。

神奈川はホンダのVFR750Fで、取りやすかったが、鳥取はCB750と古くて、友達は皆、諦めた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?