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ベビーサイン

長女が生後6ヶ月の時からベビーサイン(赤ちゃん手話)の教室に1年ほど通った。妊娠中にたまたまテレビで、まだ言葉が喋れない赤ちゃんがママにベビーサインで上手に意思疎通をしているのを見て、私もお腹の子が産まれたらベビーサインをしようと思ったのがきっかけだった。番組では「かぼちゃ・おいしい」とママに伝えるベビーや、お散歩中にクレーン車を見上げて「キリン」とママに伝えるベビーが写っていた。ママたちは優しく「かぼちゃ、おいしいね〜」だったり「本当だ!あのクレーン車は首が長くて、キリンさんみたいだね〜」などとベビーに話かけていて、びっくりもほっこりもしたのだった。

初めての出産・育児に戸惑うこともあったが、長女は3614gで生まれ、寝付きもよくスクスク育った。

ベビーサインの先生によると6ヶ月の赤ちゃんは約50の言葉を、1歳の赤ちゃんは約100の言葉を、1歳半の赤ちゃんは約200の言葉を理解しているという。ベビーサインで習うのは、まず「おっぱい」「もっと」「おいしい」など。そして「お水」「いっしょ」「ワンワン」「ねこ」「とり」「さかな」「りんご」「みかん」「くるま」「でんしゃ」など、少しづつレパートリーを増やしていく。

ベビーサインの教室を卒業する間近に遠足で水族館に行く行事があった。そこで「たこ」「いか」「カメ」「イルカ」「カニ」「エイ」「マンボー」と結構マニアックなベビーサインをたくさん覚えた。いつ使うの?と思ったが、長女が好きな言葉図鑑の海の生き物のページで「エイ」やら「マンボー」は案外その後も使った。

「ママ」の次に娘が発した理解可能な言葉は「これ」だった。つかまり立ちができた頃だったので10ヶ月頃だっただろうか?あちこちつたい歩きしながら高い声で「これ?これ?」と話す娘の声が今でもありありと聞こえる。

アメリカ人の夫は娘に「Daddy」でも「パパ」でもなく「おとうさん」と呼んでもらいたかったので一生懸命「おとうさん」と開いた手の親指でおでこをトントンたたくベビーサインを教えていた。娘がベビーサインの「おとうさん」を使った記憶はないが、そのうち「おとん」と言えるようになった。2歳代ではまったイギリスのアニメ「Peppa Pig」の影響で「Daddy」になるまで夫は「おとん」と呼ばれる至福の時を過ごした。

バイリンガルで育つ子どもにはよくある話と聞くが、娘は発語が遅かった。満2歳で次女が生まれた時に長女が話せた言葉は「ママ」「おとん」「これ」「ベイビー」くらいであった。ベビーサインの教室でも早い子は7ヶ月ぐらいでベビーサインを使いだす子もいたが、娘は1歳半で教室を卒業する頃にやっと使い始めてくれた。

お正月には、近所の神社にに行けば狛犬の前で「ワンワン」のベビーサインする私の母と夫と長女の和やかなシーンがあった。

ある時は、義父母から譲り受けた家宝?の古いシルバーのカトラリーセットのティースプーンを使っていた娘が、頭の上の髪をかきあげる仕草をしながら「がおー、がおー」と何度も言ったことがあった。「ライオン」のベビーサインだ。「?」と思いスプーンをよく見ると、言われてみればスプーンの柄の先がライオンの立髪のようなデザインになっている。「うわ〜、ほんとだ!ライオンさんみたいだね!よく見つけたね〜!」と言った時は、娘と伝え合う喜びを確かに共有した。

そしてなんといっても長女の決めサインは両手の拳でお腹を叩く「たぬき」のベビーサインだった。大好きなタヌキちゃんのぬいぐるみが見つからないと必ずお腹をぽんぽん叩いて教えてくれた。

次女を妊娠中、まだ幼いのに、これからやってくる赤ちゃんにママを取られてしまう娘が不憫でたまらなく、お腹が大きくなって抱っこが大変になっても、座って抱っこをたくさんした。この世にこんなに大事な存在はいないのに、その愛を2分してしまって良いのだろうか?ととにかく不安であった。もちろん、子どもの数だけ我が子を愛することがいかに自然で、長女にあげられる最大のギフトが次女の存在であったということはすぐに分かることになるのだが。

次女の出産で入院したときも、家に残した娘が不憫で不憫でたまらなかった。夫の頑張りもあり、娘は案外ケロッとしていたようだったので私が情緒不安定になっていただけだったのかもしれない。

出産を終えて退院して家に帰ると、娘が「ベイビー」と言いながら赤ちゃんを指差し、その後に「ママ」と言いながら私のお腹を指さし、そして人差し指と人差し指をトントンと揃えて「いっしょ」のベビーサインをした。「そうよ、ママのお腹の中にいたベイビーよ」と言いながら私は涙が溢れて止まらなかった。

まだ言葉にならなくても理解していることも言いたいこともたくさんある。「いっしょ」というベビーサインに娘が託した意味が尊くて、愛おしくて私はずっと泣いた。

長女とは対照的に、次女は言葉が早く、ベビーサインを使ったのも束の間ですぐお話しができるようになった。それでもお出かけ中に、お店のディスプレイに赤くて丸いものを見て、抱っこひもの中で「りんご」のベビーサインしたり、公園で空を見上げて「ヘリコプター」のサインをして教えてくれたことがあった。1歳過ぎた頃には公園の花を指差して「red, yellow, purple」と英語で色の名前が言えたし、1歳半で「キラキラ星」を日本語と英語で歌えた。

「ママ」「おとん」「これ」「ベイビー」しか話せなかった長女は10歳になった。普通に日本の幼稚園に行って、公立の小学校に通っているが、家庭では基本英語で、コロナ禍で英語の小説を読むようになった。日本語の語彙は少し弱いが、英語の語彙力は半端ない。父親譲りでスペリングにも強い。

あんなに小さかったのに、いつの間にこんなに大きくなってしまったのだ。
さすがにもうお腹をぽんぽん拳で叩いたりしないが、タヌキは今だに大好きだ。


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