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氷河の下

イイ高校行ってェ~
イイ大学入ってェ~
イイ会社選んでェ~
イイ人と結婚してェ~

そんで...

おまえらみたいに、死ぬまでつまんねえ生活するんだろ。




【1992 10 24】


微風。
頬から耳の上の辺りまでをかすめて通り抜けた。

コンクリート。
雲は多いけど空は晴れ。

夕方。
日の傾きは、右後ろ。

段を上がる。
上履きは、脱がなくてもいいか。
体重を、前へ。

あと一歩踏み出せば、きっと死ねる。
頭から落ちよう。
そうすれば確実だ。

意外と上手くいかないもんだ。
何も怖くない。
なのにその一歩が出ない。

なんで?

理由はいっぱいあるじゃん。
このまま生きてたら、ひいじいちゃんひいばあちゃん、俺より先に死ぬじゃん。
俺の方は、生きてる意味もう無いよね。


野球はさあ、才能大した事ないからもう伸びないよ。
マキさん、おまえじゃなくて、ダイの事が好きなんだってよ。
勉強頑張ってもさあ、今の担任みたいに、何一つロクに教えられない無能になるよ。

俺が死んだら、家族は悲しむよなあ。
だけど俺、その時は死んでてわかんないからどうでもいいよね。
自分以外の家族が死ぬ悲しみに、耐えられる自信はないよ。
発狂して醜態晒すぐらいなら、今死んだ方がいいでしょ。

だから一歩、そう、たった一歩だよ。
勇気が足りないんかなあ。
いやあ、勇ましい気持ちで死ぬってこの状況だとよくわかんねえわ。
だって何も感じないもん。
なんで足が前に出ないかわかんねえわ。




【1994 06 29】


「マキさん...好き...だったんよ...小学3年生の時から...ずっと」

絞り出したわ。
もうね、半ばヤケクソですよ。
自分を追い詰めて、追い詰めて、ようやく言えましたよ。

ずっと、ずっと伝えたかったんだよね。
でもさあ、多分さあ、返事無いまま終わるんだろうなあ。
そういう性格だもん、5年以上見てきたからわかるんだよね。

はぁ...明日以降、会話もままならなくなりそう。
卒業まで、狂わない自信無いわ。
不登校しちゃおっかなー。
勉強つまんねえし、マキさんに会えるって事以外、学校来る意味無いもんな。
部活とか、進学とか、もうどうでもいいよね。

あん時、なんで死ねなかったかなあ?
あそこで一歩踏み出せていたら、俺は俺をこの世から消せてたのにな。
今日のこの告白って、あの時と違って、勇気ある一歩だよね。
でもなんだかなあ、無理筋だしねぇ~、絶望感すげえわ。




【2002 03 27】


「家、出ようと思っとるんよ。」

言えました。
お母さん、強制的に子離れしていただきます。
長い間ひきこもってしまい、非常に負担と迷惑をお掛けしてしまいました。
申し訳ありません。

このまま家に居続けるのも、ストレスが酷いです。
暴れたくなります。
でもそれはおかしいんで...暴れたいという事は、鬱とかそういうの、だいぶ良くなった証拠でもあると思います。
それは、お父さんが経済的に支えてくれたおかげと、お母さんが愛情持って生活の世話をしてくださったからだと、強く感謝しております。

だから、家を、出させてください。

行先は、自分で決めました。
県外ですし、遠いですが、私のような人間を対象にしたボランティアサークルがありまして、そこの方が、住まわせてくれるんだそうです。
インターネットの力は、凄いですよ。
遠く離れた私と、そうした同じ苦しみを持つ人を、結び付けてくれましたからね。

それでは、行ってきます。
夜行バスです。
お金は、自分の貯金が100万円あります。
意外とバイトしてたでしょ。

時々、電話いたします。
プリペイドだけど、携帯電話持ってます。
心配かもしれませんが、ここに居続けるよりはマシなんで、出て行って道を探します。
これは、自分の足で立つための一歩なのです。




【2012 08 20】


‘日本って捨てたもんじゃないって思いました。’
‘予想以上に人の心って親切だし、優しくしてもらえました’

自分より10も若いのに、そんな経験しちゃってるんだ...。
ヒッチハイクで日本一周なんて、TVじゃなくても成立するんだね...。

よっしゃ、俺達の車に乗って行きなよ。
次の目的地まで送ってあげるよ。

会社の話もしてあげよう。
旅が終わったら就職するんだってね。
そこがホワイトな会社だったらいいね。
ブラック会社に入ると大変だよ...。
心身壊すまでのチキンレースさせられるよ。

俺はようやく治ったよ。
君みたいに、旅に出たいとずっと思ってたんだよね!
君に出会って、勇気が湧いたよ。

今までさ、旅人として生きるなんて、不可能じゃないかって思ってたんだよね。
金ならあるけれど、騙されたり奪われたりするんじゃないかって。
世の中には善意より悪意の方が多いと思い込んでたわ。

これからどんどん出会ってみるよ、いろんな人と。
歩きながら探してみるよ、自分の居場所。

車から降りて一歩踏み出したら、俺もその瞬間から旅人になるよ。
実家には、「しばらく帰らない」って連絡するわ。




【2014 07 19】


ヤマさん、一歩踏み出せなかった俺と、踏み出せたあなたとの違いは、何ですか?
何も知らない世間のカス共が言う、‘勇気’とか‘絶望の深さ’なんてもんじゃないでしょう。
もしかして、薬の力?

マルさんから聞きましたよ。
発見されたのは朝5時から6時の間だったらしいじゃないですか。
深夜からその時間、いや、あなたがあなたじゃなくなるまでの間、どんな世界でした?

折れた腕と足の痛み、どんな強さで感じてました?
頭が割れた感覚ありました?
その中がどうなってるかとか、わかりました?
地面にへばり付きながら、どんな世界を見てました?

あなたがあなたではなくなった世界は、どうですか?

答えなんてあるわけないよね。
無駄な問いだとわかってる。
この状況で、この場に居る時点で、ヤマさんはもうヤマさんじゃないんだし。

でもなあ、聞きたくなったんだよなあ。
知りたいんだよなあ。

だって俺、今、生きてるから。






#一歩踏みだした先に

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