以前書いたハラスメント防止のためのガイドライン

わたしは(芸術活動の文脈では)演劇をメインに活動しているのだけれど、ハラスメントに関する問題が、業界をにぎわせている。

私なりにいろいろ思うところはあるのだけれど、今、どういうアクションを取るのがよいのか、ちょっと定めかねています。そこで今日は、必ずしも私は尊重できない大きな流れにに対するささやかな抵抗として、以前所属していた劇団のためにわたしが作ったガイドラインを、ちょっと共有してみようと思います。

これを作ったのは、2019年の終わりだったかと思いますから、すでに「時代遅れ」の部分もあるかもしれません。(公開にあたっていくつか手を加えてはいますが、内容そのものは大きく変えていません。)
あくまで、行動指針の一つとして使っているもので、これ自体が万能だとは思っていない上に、より重要な何か(それは「人権」なのか「自由」なのか「命」なのかは分かりませんが)を守るためには、ときとして破る必要もあるとさえ考えています。ガイドラインは人のためにあるのであって、ガイドラインのために人があるのではないからです。
(もっと言えば、作品や創作環境のために人があるのではない、ということも言いたいのですが・・)

いろいろな問題があるのは承知の上で、自分なりの、ささやかなアクションの一つとして、共有させていただければと思います。



【ハラスメント防止のためのガイドライン】

○このガイドラインについて
 このガイドラインは、ハラスメントの発生を未然に防止するという目的のもと作成されたものです。このガイドラインに記載がないからといって、ある行為がハラスメントにならないということはありえないし、記載があるからといって、ただちにその行為がハラスメントになるというわけでもありません。何がハラスメントなのかは、そのつどの状況によるので、一義的に定義できると思わないことが重要だと考えています。
 このガイドラインは、ルールでも規則でもなく、あくまでガイドラインにすぎません。大切なのは、だれかの尊厳を損なうような行為が行なわれたとき、加害者にみえている相手に、そのつど向き合って(ときとして、第三者の助けも借りつつ)、指摘できるかどうかということだと考えています。

○ハラスメントについての基本的な考え方
・ハラスメントを、加害者/被害者がつねにあらかじめ定まったものだとは思わず、誰しもがそのつど、加害者/被害者、あるいは目撃者になりうるという意識を持つのが大切だと考えています。このことは、誰しもが、日常的に人を傷つけうるし、傷つけられうるということと、重なり合っているように思います。
・ハラスメントは、加害者/被害者という個人間の問題ではなく、むしろ、そのことが起こってしまった集団(また、その集団の構造や環境)が抱える問題として捉えるのがよいのではないかと思っています。ですから、まずはハラスメントが起こらない環境づくりに努めることが肝要です。そして、「おかしいな?」ということを目にしたり耳にしたりした瞬間に、自分自身とは関係がなくとも、(そこでの仕事が著しく滞る可能性があったとしても、)そのことについて、積極的に対話を試みる姿勢が何よりも重要です。
・何がハラスメントになるかは、社会的状況(時代・場所・立場)とともに変化するものだと考えています。だから、これまで許されていたことが、時と場合によっては、許されなくなるということがありうるでしょう。
・また、人が人に対して、どのような形であれ「罰」を与えることは、民主主義的な熟議を経なければ、原則としてできないということを、座組のメンバーがよく理解しておくことが肝要かと考えています。これは、「加害者」や「被害者」であることとは無関係に、何人たりとも、民主的手続きを経ずして人権が制限されることがあってはならないということです。(2023年8月28日 追記)
・風通しのよい、オープンな集団にし続けるのが、ハラスメントの防止にとって重要なことの一つだと考えています。ですから、なるべく閉鎖的になることのないような環境づくりに心がけることが大切でしょう。

○ハラスメントにつながる行為・環境形成を防ぐためのガイドライン

ハラスメント一般にかんするガイドライン

  1. 相手を、集団のメンバーである以前に、一人の人間として尊重すること。

  2. 不当に主語を集団に拡張させて主張しないこと。
    (例「劇団員として許せない」「メンバーとしては認められない」など)

  3. 何がハラスメント・不快だと思うかについては、人によって異なることに注意すること。

  4. 相手が拒否している言動・行為を繰り返さないこと

  5. ハラスメントの被害者から、ハラスメントだという指摘がいつもあるとは限らないことに注意すること。それゆえ、拒否がなされないからといって、同意と勘違いしないこと。

パワー・ハラスメントにかんするガイドライン

  1. 演出家・プロデューサーなどの人事権や、金銭に関する決定権、その他あらゆる権力(他の人の損得に関わることがらを決めることのできる立場にあること)を持つ人間は、自身の発言について慎重になること。

  2. 暴力はハラスメントであり、犯罪である。物に当たる行為も、恫喝にほかならない。

  3. 俳優・スタッフへのオファーは、原則として企画書とともに、ギャランティを明確にしながら行ない、口約束だけで行なわないこと。ギャランティが払えないときは、払えないことを明確にすること。

  4. 演出家は、社会通念に反するとされる行為を俳優に指示する際には、それが強制にならないか注意し、そのつど俳優の許諾を得るなど、十分配慮しながら演出すること。(例.暴力・過度な露出・性的な接触など)

  5. すべての劇団員は、劇団員であるというだけで、客演の俳優・スタッフよりも稽古場での発言権が相対的に強くなりうるということを、自覚すること。

  6. 相手の存在・能力・性格・見た目・キャリアを否定する発言はしないこと。その他、相手の意思によって変化できないことについては、否定しないこと。
    (例「やる気あるの?」「なんでいるの?」「ブスだね」「その仕事辞めた方がいいよ」等)

  7. ほかの人の目に付く場所で叱責・罵倒しないこと。

  8. 稽古場等の活動の現場から、本人の意思に反して強制的に帰宅させるようなことはしないこと。

  9. 不必要に大きな声・音を出さないこと。

  10. 不必要な場面で、殴るフリなどをしないこと。

  11. 特定の劇団・演出家・劇場・俳優・仕事・家族・宗教、等々を誹謗・中傷することは慎むこと。
    様々なルーツ・目標・思想・憧れ・属性・価値観を持つ人が座組にいるということを自覚すること。

  12. 相手のミスを注意・叱責する際には、相手のどの部分をあなたが問題だと感じて、相手にその後どのようなアクションをとってほしいのかを具体的に言葉で示すこと。そのさい、相手の良心を信じ、人格を疑うような発言をしないこと。

  13. 団体の外の俳優・スタッフに、新たな仕事を依頼する際には、それがオファー時点で含意されていた仕事なのかどうか(本来の仕事に入るのかどうか)に注意すること。本来の仕事に入らないときは、依頼の仕方に注意・配慮すること。

  14. 団体のメンバー同士がプライベートで仲良くする義務は一切ありません。たとえば、旅行・観劇・遊び等の誘いは、当然ながら参加自由であるし、それに不参加であることによって何か不利益が生じる様なことがあってはいけません。

セクシャル・ハラスメントについて

  1. 不必要な性的な発言・行為をしないこと。
    特に、打ち上げの席での言動・行為には注意し、劇団員はプライベートな場だと思わないこと。今後の仕事につながると思って来ている俳優がいる可能性が少しでもある以上、完全なプライベートの場ではありえないことを自覚すること。

  2. 「男なのに」「女なのに」といった、性別についての言及が差別につながりうることに注意すること。

  3. 名前以外の呼び名・あだ名が、差別的な呼び名になっていないか、本人が少しでも嫌がっていないかどうかに注意すること。

  4. 「女性」「男性」であるからといったことを理由に、特定の仕事を強要しないこと。

  5. プライベートな関係・事情を劇団の活動に持ち込まないこと。

  6. 顔合わせ・稽古・本番・打ち上げの全てにおいて、作品制作にとって不必要な身体的接触を控えること。

  7. 他人の性に関するうわさ話をしないこと。

  8. その他、相手の性別が異なるとしたら行なわれない様な言動・行為は全て、セクシャルハラスメントになりうる可能性が高いことを自覚すること。
    たとえば、相手が女性/男性でなかったらしない発言・行為は、性差別がその根底にある可能性が高いことに気をつけること。

アルコールについて

  1. 飲酒を強要しないこと。一度断られたら二度と勧めないこと。
    また、劇団員は、劇団員・客演を問わず、この行為を見かけたらすぐに止めること。

  2. かりに泥酔した際であっても、自分の行為の責任を免れることはできないということに気をつけること。自分の行為に責任をとりきれないような状況を作り出すような自分に責任があるということを自覚すること。また、他の劇団員は、飲み過ぎている劇団員を止めること。

○対応方法
・被害者になってしまった(かもしれない)ときには、本人に直接伝えられるのであれば伝え、第三者を介入させた方がいいのであれば、第三者を介入して伝えるのもよいでしょう。
・相談を受けた第三者は、裁判官ではないので、告発者/被告発者の双方の言い分をよく聞いて、それぞれの言い分をそのまま鵜呑みにせず、客観的な事実関係をもとに、劇団の環境改善に努めることが大切です。
・また、加害者になってしまった(かもしれない)ときには、被害者の言い分をよく聞き、もし謝罪すべき点があれば、真摯に謝罪することが大切だと考えています。
・いずれの立場になったとしても、一律に何か解決する方法があると考えたり、一方の言い分だけをそのまま鵜呑みにすることなく、事実を丁寧に見つめた上で、環境の改善に努めることが重要だと考えています。

○おわりに
 ほとんどの人が、誰かを傷つけたり、誰かに傷つけられたりといった過去を持っていると思います。私たちは、聖人君主ではないから、時として間違えてしまうし、このガイドラインを設けたところで、人と人の関係性に関わる問題が一律に解決されることはないでしょう。わたしたちは何度も間違えてしまう人間であって、完璧なロボットでは決してないからです。
 重要なのは、わたしたち全員が、みなが聖人君主ではないということを自覚した上で、互いに、ほかの誰かを傷つけないかどうか気を遣い、ときに指摘し、また反省し、また場合によっては赦し、全員が気持ち良く作品づくりに専念できる公正な環境を作ることです。



原文は「です・ます」調でなかったので、もう少し硬質な文体だったのですが、大体、このような内容のことを考えていました。
当時、非専門家でありつつも、自分なりにいろいろ調べたりしながら作ったのですが、(先に述べた通り、)今の時代とは合わないところもあるかもしれません。すべてに同意してよいのかどうかも、私は判断しかねています。

こうしたガイドラインを共有すること自体が、ある種パフォーマティブな効果を持ってしまうTwitter的な世界に絶望しつつも、わりと今のわたしが考えていることにも通底している点がいくつかあるように思ったので、試みに共有してみた次第です。
鈴木は、小劇場界のハラスメント問題に関しては、現在(さまざまな点で)絶望していて、あんまり何か具体的なアクションをどうこうする気持ちになれていないのですが、議論を進展させるための一助になればさいわいです。

2023.04.07追記
この記事について、著作者人格権以外の権利を放棄します。好きなように書き換えてご利用ください。(許可や名前の表示等、一切不要です)

2023.08.28追記
(このガイドラインは好きに書き換えてもらって構いませんが、)基本的には、座組内部で、そのつど話し合ってルールを作っていくというのが大切だと考えています。
人と人との関係性を描くのが演劇という芸術なのだとしたら、自分たちの座組内部の関係性を、外部のガイドラインに丸ごと委託してしまうこと自体、わたしはあまり好ましい状況ではないと思います。時間がかかっても、自分たちのコミュニケーションの仕方を、他所に委ねず、自分たちで作ることにこそ、意味があるのだと思います。

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