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ソーシャルゲームから時間を取り戻せ2018


前々から気がついていたんですが、やつら時間泥棒です。
アナログゲームは人生ゲームや将棋、麻雀くらいしかやったことないですが、ゲームをするために時間を取るという感じ。人数もいるのでゲームに向けて意識を高めて行く。
据え置きのゲームは、「おっしゃ、やるか」(カチ)という感じ。アナログほど意識を高めてることはないけど、メリハリがある。
携帯のゲーム機も、スキマ時間を見つけては機械と自分のスイッチを入れる。

ソーシャルゲームはスイッチを入れる、ゲーム機を持つとか障壁がかなり減らされている。ネットゲームからの流れは当然ソーシャルゲームのアーキテクチャに組み込まれている。恐ろしいのは専用機を必要としないことと、大体どんなハードでもできることだ。FGOやりたい人は、「FGOやるためにどんなスペックいるの?」なんて気にしない。基本的にインストールできるし、プレイ可能だと思っているはずだ。(実際は古い機種だと重かったりして、楽しさの半分も味わえないことはある)
ソーシャルゲームはそういう意味で真に一般化されたゲームと言える。

従来のゲームの持つ障壁について考えると、
・ハード
・ソフト
・時間
・心理的なもの
がある。
ハードやソフトについては持っているものを使って無料のソフトをダウンロードすればよいのだから気にならない。時間、携帯をいじる時間さえあればいい。心理的なもの、についてもスマートフォンはかなりのプライベート空間として認識されてるだろう。となると、何も障壁がないのだ。
遊戯に興じるという少し公の場で躊躇われるようなこともメールや調べものと全く同じスタンスでやれてしまう。そうなった時、人間の心は脆い。ソーシャルゲームを起動してしまうのである。
ネットワークゲームの特徴として、リアルタイムに進行するということがある。こちら、プレーヤーサイドの事情など知らないですよ、と言わんばかりである。ソーシャルゲームもネトゲの係累なのでリアルタイム進行だ。今日は、何時からあれ、明日は何時までにあれ、という調子である。もちろん、無視しても一向に構わないんだがプレーヤーとしてはそうも行かない。
「外出てるからできなくて仕方ない!」のだが、気になってしまったり効率を考えればここで〜まで進めとかねば、など様々な誘惑がある。

ということで、我々の数多の時間を奪ってきたソーシャルゲームを辞めた。可処分時間を取り戻すのだ。

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