ファン・ビョンギ「迷宮」(1975年、韓国)


ファン・ビョンギ(故人)はカヤグム(韓国の琴)音楽の大家である。カヤグムを用いた正統派の韓国伝統音楽を主に作曲、演奏するが、突出しているのはこの作品「ミグン(迷宮)」である。これは舞踏家であるホン・シンジャのヴォイスパフォーマンスを大体的に取り入れた前衛音楽・実験音楽である。
韓国には前衛音楽というものが稀有なようで、この作品は数少ない韓国前衛音楽の先駆的な位置づけをされているようである。同時に、韓国前衛音楽の中でも最も有名なものの一つである。約18分にわたるこの曲がどのように進行していくのかみてみよう。
まず、ファン・ビョンギのカヤグムとホン・シンジャの声がオーケストラで言うチューニングのようにそれぞれの音を合わせる。次にホン・シンジャが不気味にケタケタと笑い、やがてその笑いは嗚咽へと変わっていく。ファン・ビョンギがカヤグムの弦をはじくようなテクニカルな演奏をしている間、ホン・シンジャは新聞記事を読み上げる。やがてその読み上げられた言葉は意味のない叫び・奇声へと変わっていき、ついにはファン・ビョンギがカヤグムで不協和音を奏でる。最後には静謐な雰囲気の中、ホン・シンジャは般若心経を唱え、この曲は終わる。
この曲は一部の音楽マニアからギリシアのロックバンド、アフロディーテス・チャイルド(ヴァンゲリスが在籍していたことでも有名)の「∞」としばしば比較されながら聴かれているようだ。儒教思想が根強い韓国において、こういった「狂気」を題材にした音楽は珍しいようである。
2000年代にはその珍しさも相まって、若いリスナーの間でこの曲を三回聴いたら死ぬ、という都市伝説が広まり、リバイバル・ヒットした。ファン・ビョンギ自身はそのことにかなり戸惑っていたらしい。ある時、その若いリスナーの一人がネットを通じてファン・ビョンギに「「迷宮」を三回聴いたのだが、死なないだろうか」と訊いたところ、ファン・ビョンギはこう答えたという。
「間違いなく死ぬでしょうね、80年後には」。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?