キム・ヒョンシク「春夏秋冬 / あなたの姿」(1980年、韓国)


キム・ヒョンシクは80年代に活動していた韓国のロック歌手。1990年に夭逝したことから現地では尾崎豊や旧ソ連のヴィクトル・ツォイのようにカリスマ的なアーティストとして崇められているらしい。
このアルバムはフォーク・シンガーであるイ・ジャンヒの協力によって制作された彼の1stアルバムである。イ・ジャンヒは制作途中で渡米してしまい、正式なリリースが遅れてしまった。
後の代表曲「サランヘッソヨ(愛していた)」のような演歌ロックバラードはこの頃はまだ歌っておらず、ファンク、ロックンロール、弾き語りなどがアルバムの大部分を占めている。当時のキム・ヒョンシクの声は死の直前に歌った「ネサラン ネギョテ(僕の愛 僕のそばに)」のようなしわがれたものではなく、若さを感じさせるエネルギッシュなものである。
A面1曲目、タイトル・トラック「春夏秋冬」。「ああ、美しい / ああ 我が国の山と川 / 春、夏、秋、冬」という歌詞なのだが、ロックの歌詞にもナショナリズムの要素を取り入れるなど、今より軍事的で、愛国心の強かった独裁体制の頃の韓国を想わずにはいられない(私は当時の空気を吸ったことがないので、本来なら何とも言えないのだが)。
A面4曲目「トナガ ボリョネ(去ってしまった)」は3rdアルバム(1986年)にも別バージョンが収録されるのだが、オリジナルのこちらの方が哀愁漂うアレンジで良い。愛の終わりの悲しみが見事に表現されており、どこか後の彼の不幸を予見しているようだ…と言うのは不謹慎だろうか。しかしその後に続くベートーヴェンの「運命」ディスコバージョン(インストゥルメンタル、A面5曲目)のイントロ「ジャジャジャジャーン」ですべてが台無し!もしかしたらこのことが当時の韓国歌謡界のすべてを象徴していたりするのか。
センチメンタリズムに彩られた「青春」のアルバム。キム・ヒョンシクも軍事政権下の暗いこの時代にいろいろな恋も友情も経験したのだろう。この時代の韓国に自分も青春時代を謳歌してみたかった。そんな風に思わせる一枚である。
なお、このアルバムのタイトル・トラック「ボム・ヨルム・カウル・キョウル(春夏秋冬)」はキム・ヒョンシクが後に曲を提供したフュージョン・ポップスのバンド名の由来となっている。このバンドは3rdアルバムでキム・ヒョンシクのバッキングも務めている。

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