シン・ジュンヒョン「大韓民国楽音楽人 not for Rock」(2001年、韓国)


シン・ジュンヒョンは韓国におけるロック・ミュージックの先駆者的存在である。国内で初めての韓国語によるサイケデリック・ロックを演り、キム・チュジャやキム・ジョンミといった多くの歌手をプロデュース、楽曲提供してきた。後世への韓国ロック・ポップスへの影響力は計り知れない。
このアルバムは彼が70~80年代に結成した二つのロックバンド、ヨプチョンドゥルとミュージックパワーのオリジナルアルバムを収録した4枚組+ボーナス1枚(ヨプチョンドゥルによるインストゥルメンタル・アルバム)のCDアルバムである。その他にも数多くのアルバムをリリースしているがいずれもシン・ジュンヒョンのキャリアの中でも重要な楽曲が収録されており、入門編として聴いても良いし、マニアにとっても満足できる作品だろう。
気になるのがタイトルとジャケット裏に描かれたイラストである。「大韓民国楽音楽人 not for Rock」。そしてイラストであるが、ギターのコードを押さえる手に韓国の国旗、太極旗(テグキ)が描かれている。この二つの事項を勘案してみると、シン・ジュンヒョンはナショナリズムのために音楽をやっていたのだろうか、という考えが浮かぶ。「not for Rock」。何のためにシン・ジュンヒョンは自身の音楽を長いキャリアの中で演ってきたのだろうか?
70年代中盤、軍事政権の独裁的な雰囲気の中でシン・ジュンヒョンは時の大統領であるパク・チョンヒから彼を賛美する楽曲を制作しろ、と依頼された。しかしシン・ジュンヒョンはそれを断り、代わりに韓国の大自然を賛美する大曲「アルンダウン・カンサン(美しき河山)」を書き上げた。このことが政府に知られると、シン・ジュンヒョンへの音楽活動に対する政府からの抑圧がいっそう厳しくなった。
先述のヨプチョンドゥルの2ndアルバムは国の検閲を逃れるため「仕方なく」ナショナリズムについての歌がアルバム全体を覆うことになった。このような「わざとらしい」ナショナリズムの意識が前面に出た歌詞のせいか、韓国ではこのアルバムはあまり評価されていない。「チキジャ(守ろう)」という歌の歌詞は以下の通りである。
「守ろう / 我が国 / 我ら皆で / 守ろう / ここは / 祖国だ / 僕も君も / 守ろう」
このような歌を作っておきながら結局シン・ジュンヒョンは反乱分子として逮捕され、長らく音楽活動ができなくなってしまう。
しかしヨプチョンドゥル2ndアルバムや復帰後のミュージックパワーのアルバムにも収録されている名曲「美しき河山」は他のナショナリズム的な歌とは一線を画している。「美しき河山」の歌詞をみてみよう。
「木の葉は青く / 川も青く / 美しきこの地に / 僕がいて君がいる (中略) 春、夏が過ぎると / 秋、冬がやってくる / 美しき河山」
こうしてみてみるとシン・ジュンヒョンというアーティストは花鳥風月の人なのだな、と思う。韓国の政治や為政者をただやみくもに賛美するのではなく、彼に音楽創作のインスピレーションをふんだんに与えた韓国の大自然を賛美する。やはり彼はギターを持った芸術家なのだ。「not for Rock」という表記は正しいのかはわからないが「art for art's sake」でもないだろう。音楽を純粋に愛する人たちのために、そして毎日を生きているいろいろな人たちのために彼は音楽を創っている。海外で彼の評価が高まる近年、彼の音楽に励まされている人々は韓国のみに留まらないだろう。


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