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僕について 第3話「ラブレター」

「小車君、よかったらこれ読んで」

僕は小学5年生だった。
休み時間にクラスの女子に突然手紙を渡された。
内容はごく一般的なラブレターで、細かい文章などは覚えていないが小車君のことが好きだとか書いていた。
小学5年生でラブレターなんて行きすぎてるのだろうか。
その辺の感覚は世代でも地域でも違ってくるだろうし、ラブレターと言っても好きと書いていただけで、好きな人いますか?とか、付き合ってくださいとか、好きな体位はなんですか?とか、具体的な恋愛に発展しそうなことは書いていない感じはやはりまだ圧倒的に小学生なのだった。

ただこのラブレターをもらうという事件には、特筆すべき点が一つあった。
このラブレターを僕に渡してきたのが、クラスメイトの宮下さんと多田さん(共に偽名)の、なんと2人から同時にだったという点だ。
しかもこの2人は大の仲良しで、いつも休み時間には教室でおしゃべりしながら自由帳にお絵描きをしたりしていた。

あれはどういう経緯でそうなったのだろう。
「わたし、小車君いいなって思うんだよね」
「わかる!小車君いいよね!わたしも好き」
「ほんと!?わかってくれて嬉しい!」
「私も嬉しい!じゃあさ、一緒にラブレター書こうよ」
「賛成!2人で一緒に渡しに行こっか!」
「決まりだね!」

想像しただけでとち狂ってやがる。
そこで友情に亀裂が入るくらいの方が至って健全だとさえ思える。
好きが被って嬉しいのは音楽とか漫画とかアニメとかピノのアソートの味くらいまでだろ。
アーモンド味か俺は!
(アーモンド味のピノってアソートにしか入ってないんだけどうまいよね)(チョコ味はモブだよね)(異論は認める)

しかしその時の僕はそんなもんなのかと大した疑問にも思わず、何より人生で初めて女子から告白されて浮かれまくっていた。

不思議なことに「宮下さんと私どっちを選ぶの?」みたいな泥沼展開にもならず、なんとなく3人で遊んだりしたりもしたけど、それとなく僕は宮下さんが好きだなーと思うようになり、いつのまにか僕と宮下さんは両思いという関係に落ち着いた。

『両思い』というゴールに満足した僕と宮下さんはその先の関係を求めることもなく、その内別に学校の外で遊んだりもしなくなった。
学校でも話したり話さなかったり。
そのままなんでもなくなった。
いや、少しだけやっぱり意識してしまっていた。
だから余計に関係は悪くなっていった。
変に冷たく当たってしまう。
昼休みにふざけて振り回した水筒が宮下さんにうっかり当たってしまった時も、謝るどころか「そこにいるそっちが悪い」みたいなことを言ってしまい、帰りの会で問題に取り上げられて先生に職員室に呼ばれる事態になったこともあった。
ていうかふざけて水筒振り回しちゃダメだろ。
あの時はごめんね宮下さん。
32年越しのごめんなさい。

兎にも角にも、あれが僕にとって異性と気持ちを通わせて拗らせた最初の経験となった。
他人に対する感情をうまくコントロールすることもできず、自分に向けられた好意にすらどう対応すればいいのかもわからなかった。
どんな言葉を使うと人を傷つけ、どういう言い方をすれば喜んでもらえるとか、そういうことを考え始めるきっかけになったのは間違いなかっただろう。

ちなみに誤解のないように言っておくと、足が速いかドッジボールが強い人がモテる要素のツートップであった当時の小学校ライフにおいて、僕は決してモテるタイプではなかった。
ただ宮下さんと多田さんは昼休みにドッジボールに参加するようなタイプではなく、掃除時間にクラスメイトの山本と僕が教室で『妖怪人間ベムごっこ』や『絶対無敵ライジンオーごっこ』を2人で繰り広げる様子を見て笑い、妖怪人間ベラ役の山本が「ベラの鞭は痛いよ」と決めゼリフを言った後に、妖怪人間ベム役の僕が「ウー、ガンダー!」とホウキを杖に見立てて縦にかざしたそれを横に向けて変身するという最高にかっこいいシーンを見て、宮下さんと多田さんは「好き///」となってしまったというとんでもない気の迷いに過ぎないのだ。

ちなみにこの時妖怪人間の3本しか指がない手を表現するために、僕と山本は手袋の人差し指と薬指の部分を内側に窪ませ、実際に人差し指と薬指は手袋の中にしまうことでうまく表現していた。
掃除時間にいつも掃除をサボって遊んでいたため、その内担任の岡部先生にチクリを入れられ、僕と山本は放課後の職員室に呼ばれてしまった。
岡部先生にひどく怒られるのだろうと想像しながら先生のところに行った僕と山本が、最初に言われたのが以下のセリフだった。
「妖怪人間の手を表現するのならば、手袋にしまう指は中指と薬指にするべきだろう」
目から鱗だった。
確かにそっちの方がはるかに妖怪人間の手っぽくなった。
僕たちは己の浅はかさに打ちひしがれ、猛省すると共に、次の日からはその形で妖怪人間ベムごっこに明け暮れたのだった。
岡部先生、めっちゃ気さくで大好きな先生だったな。

脱線してしまった。
再度伝えるが、ただの気の迷いでしかない告白だったのである。
だから今これを読んで、「けっ、モテ野郎がよ」とスマホに唾を吐きかけないでほしい。
そんなことをしても困るのはあなただ。

あなたのスマホを守りたい。
ただそれだけなのだから。

つづく。

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