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僕について 第4話「中学デビュー」

小学5年生の頃に降って湧いたような恋愛チャンス。
両思いというゴールに浮かれ、子供ゆえに拗らせ、チューどころか手を繋ぐこともないまま宮下さんとの恋は終わった。
僕は足が早くもなかったしドッジボールも弱かったので、それ以外で女子にモテるということはなかった。
僕はクラスでは比較的ユニークな奴ではあったけれど、それはモテに直結したりはしないのが当時の小学生だ。
あのツインラブレター事件以降はこれといった胸キュンストーリーは起こらないまま、小学校生活は終わった。

僕が通う福岡市立老司中学校は、僕が卒業した鶴田小学校の生徒と、隣の老司小学校を卒業した生徒が通うことになる。
鶴田小学校で僕が築き上げてしまったもやしっ子イメージを払拭するタイミングであり、男子の魅力も多様性が求められてくる中学生ライフは、僕にとってはチャンスでしかなかった。

僕は中学校入学前の春休みに髪を切った。
それまでやったことがなかった「スポーツ刈り」と呼ばれる髪型に挑戦し、兄の指示の通りに「アイビーカットで」とお願いもちゃんとしておいた。

今の若者にはピンと来ないかもしれない。
参考画像をネットで探してきた。
以下の画像を見てスポーツ刈りとアイビーカットを確認してほしい。

スポーツ刈り
アイビーカット

衝撃のダサさである。

しかし当時の中学生にはこれがかなりオシャレだった。
信じられないかもしれないが、これで老司小学校卒業組の女子勢へ与えた第一印象はかなり良いものになったようで、小車中学デビュー大作戦はひとまず成功と言っていいものとなった。

僕は同じクラスになった高野(こうの)さんが気になっていた。
高野さんは老司小組で、ちっちゃくて可愛らしくて三つ編みをしていた。
1学期は出席番号順に席が決まっていて、男子はあ行で始まる生徒が多くて小車の僕は出席番号7番。
女子は30番台から始まるんじゃなかったかな。
高野さんは37番で席が隣だった。

授業中、ノートの端を破った小さな手紙が高野さんから僕の机にスッと置かれた。
僕はなんだろうとその紙を開く。

「この英語の先生の授業ねむくなるね」

僕も自分のノートの端を破る。

「眠いって英語でなんていうか先生に聞いてみてよ」

折り畳んで高野さんの机に乗せる。
それを見た高野さんが「んふっ」と声を漏らして笑う。
高野さんの前に座ってた女子がなんだろうと振り返る。
僕も必死に笑いを堪えながら何もなかったフリをする。

めちゃくちゃ楽しかった。
なんだこれ、すごいじゃん中学生ライフ。
てか高野さんも俺のこと気になってんじゃね?
これあるやろ絶対。
このまま順調にラブポイントを育んでいけば、僕にも両思いの先にある「彼女」という存在ができるかもしれない。
そしてもしかしたらチューとかできるかもしれない。
チューしたら僕はどうなっちゃうんだ。
その先には何があるんだ。
僕の青春は一体どうなってしまうというんだー!!

僕には昔から兄の真似をする癖があった。
兄が聴いていたからチャゲ&飛鳥を聴きまくったし、兄がグリンピースが嫌いだと言うから僕もグリンピースが嫌いだった。
今考えると子供の頃から全然食べられたのに。

兄は2人共、中学校でバレー部に入っていた。
だからなんとなく、僕は中学ではバレー部に入ることにした。
兄が入っていたから以外に理由はなかった。

バレー部には鉄の掟があった。
部員は全員坊主にしなければならないという。
僕はそんなもんかと、なんならちょっと浮かれ気分で坊主にした。
それが僕の青春にどんな影響を与えるかなど考えもせずに。

突然坊主にしてきた僕をクラスメイトは面白がった。
「おぐしょうが坊主にしとるぜ!」
「ほんとや!マルコメやん!」
僕もヘラヘラ笑っていた。

その日の2時間目は数学の授業だった。
僕たちはXの値を求める簡単な方程式を教わっていた。

「好きな人とかいるの?」

そんな攻めた手紙を高野さんに、また授業中に渡してみた。

「いないよー。そっちは?」

僕は浮かれていた。
恋の方程式などわからない中学1年生ではあったが、これまでの手応えでなんとなく恋愛におけるXの値は求められるような気になっていた。

「俺は最近できたよ!」

「え?だれだれ?」

「同じクラスの子」

「まじ?教えてよ!」

僕は恋の方程式を並べていく。
高野さん、君のXの値が知りたいんだ。
そして君のXに僕のYをかけたい。
変な意味ではないんだ。

「三つ編みで背が低い子」

キマった。
このクラスに背が低くて三つ編みにしてる女子は一人しかいない。

そこで少しやりとりが止まった。
高野さんは顔を赤くしてうつむいていた。
そして次の手紙を書き、うつむいたまま僕に渡してきた。
僕は高鳴る鼓動を感じながら、焦らずゆっくりとその手紙を開いて見た。


「ボウズはごめん」


方程式は答えがわかったと思っても、きちんと正しい手順で計算式を書いていかないとイージーミスで全く違う答えになる。
僕はどこかで計算を間違えていた。
得意げに答えをほとんど書いたテスト用紙が返ってきた時、解答欄がひとつずつズレていて全部不正解になっていたような、そんな感覚にも似ていた。
こんなことならバレー部なんて入るんじゃなかった。
髪を切ったことも攻めるタイミングも間違えた僕と高野さんとの手紙のやりとりは、その日以降行われることはなかった。

焦燥感に包まれボーッとしていた昼休み、高野さんと仲が良い関口さんが話しかけてきた。

「なんかゆみちゃんに告白したらしいじゃんハゲ」

痛恨の一撃。
容赦なかった。
坊主はハゲではないが、そんなことはどうでもよかった。

「ゆみちゃんねー、前にクラスで一番タイプなの誰って話してた時、小車の名前出してたんだよ。もったいなかったねー、なんで坊主にしたん」

慰めなのか追い打ちなのかわからなかったが、僕はとんでもない取りこぼしをしてしまったんだなと思った。

季節は春。
放課後に僕は、バレー部顧問の桑野先生に連れられて部室に行きながら、失恋って英語でなんていうんだっけ?ハートブレイク?とか考えていた。


つづく。

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