ミニ四駆に戻ってみた。2 アストロブーメラン雪風(中編)
負けた。
約十数年ぶりのミニ四駆対決は、あの頃と同じく大差をつけてヒロの完全勝利に終わった。
敗因はハッキリしている。奴の用意周到さと俺の準備不足。この勝負に対する意気込みが段違いだったのだ。
初心者向け改造で満足していた自分が情けない!
ちくしょう、ちくしょうッ!!!
「ミニ四駆に戻ってみた。」 完ッ!
一人で悔しさに震えていると、ヒロがケースからもう1台のマシンを取り出した。
「これは?」
「ん? ああ、余り物で組んだヤツだ」
どうやらヒロは補欠のマシンが組めるほどの資金を投入していたらしい。
マジでか。ガチ過ぎるだろ。つか補欠のほうがボディ改造してない?
シュイィィィィィィ
スイッチを入れると先程のマシンよりも大きな駆動音が響く。その点では本人が余り物というだけあって一歩劣るようだが果たして。
ギュイィィィィ!
「えっ」
走り出した姿を見て驚く。ロケットスタートから減速もなくコーナーを進んでいく。いや、泳ぐと言った方が正しいか?
俺が苦戦した上り坂もスムーズにクリア。同じミニ四駆とは思えない速度を見せる。
あっという間にスタート地点まで戻ってしまった。なんだ、この速さは!?
ヒロがラップタイマーアプリの画面を覗き込む。その記録は…
「10秒、38」
「は?」
めっさ速い。
なんだこれ速すぎるぞ。ヒロが用意したメインのマシンが確か10秒45だったはず。一体どうなってるんだ?
「なんでだ、こっちは別にいじってないのに……ブツブツ」
ヒロがここまで落ち込む姿は滅多に見られない。
幼馴染の貴重な困惑シーンを回収。 その瞬間、何らかのフラグが立ったような気がした。
「納得できん」
「お?」
普段のクールな奴から出たとは思えない言葉。
これは、まさか?
「こっちの方が速いとか、納得できんッ!」
ドウッという効果音と共に、ヒロの背後に爆炎のエフェクトが重なる。
火が付いた!
だがそれは、こちらも同じこと。
このまま負けっぱなしで終われる訳がない。
改造だ。
改造してやるぞ!!!
☆
そんな訳でミニ四駆熱が一気に燃え上がった俺達は、毎月どこかのコースで対決するようになっていった。
いや、うん。それはいいんだけどね? やってみたら驚いたのよ。何がヤバいかってそりゃヒロの実力ですよ奥さん。
第2、第3回戦の舞台は現代ミニ四駆の象徴たる立体コースでの対決。先に結果を言ってしまうがボコボコの惨敗だった。
俺のマシンはボディこそ改造してあるものの(しかもすぐ壊れた)、本体は初心者らしく素組みのMSシャーシにファーストトライパーツセットをポン付けしただけの状態だ。
そんなマシンにモーター慣らしを行ったハイパーダッシュを搭載して研磨剤で磨いたターミナルを取り付けて挑んだのだ。
え?なんでそんな事をしたのかって?
これでも給料日前の少ない手持ちで精一杯がんばったんだけどね。
2000円でなんとか追いつきたくて、モーター買い替えてホームセンターの部品で慣らし器を自作して、ピカール買ってターミナル磨いたのよ。
そうやって速度だけは何とか上がったかなぁと思ったんだけどね。そりゃあ完走できないよね。うん、飛んだよ。
そんな俺に対しヒロのマシンはこんな感じ。
なにこの差。
あいつの家は新潟県の佐渡島にある。自宅から片道3時間半をかけて新潟市まで出てこないとコースがないというレーサーとしては絶望的な環境なのだが。
そんなハンデを背負いながらも毎回凄まじいレベルのマシンを作りこんで来るのだ。同じ初心者だというのに何故こんなマシンが組めるんだ? 人生2周目か? 未来人か?
しかも上手いのはマシン作りだけではない。経験のないはずの立体コースを数回のアタックで完走してしまう。
そして俺が完走できないと知るや否や標的をすぐさまトップタイムへと切り替え、最終的にはその1秒差まで迫っていたのだ。尋常ではない。
そんな感じで初っ端から凄まじい実力差を見せつけられた。メンタル的にもよろしくない。ガチやばい。
ひょっとして最初から考え方が間違っていたのだろうか?
聖闘士星矢であれば小宇宙。ドラゴンボールなら気。だったらミニ四駆で言えば速度っしょ?
そう思ったからこそ速度アップを目指してきた訳だが、ここ最近の主流である立体コースではそんな速さだけを求めたマシンでは完走すら出来ない。
現代ミニ四駆に必要なのはまず安定感だ。ではそのように改造すればいいだけの話なのだがそこが難しい。
ぶっちゃけ資金が絶望的に足りていないのだ。ミニ四駆関連で買いたいものは山のようにあるが、子育て世代のパパさんでは捻出できる予算にも限りがある。
仕方なくパーツ購入の代わりにあれこれ試して速度域だけが上がっていくが、最終的にはマシンの総合力で負け続ける。まさに子供の頃と同じ状況。
歴史は繰り返される、ああ切ない。
そんな、ある日のこと。
「パパー、これがいい!」
娘とおもちゃ屋さんでのデート中、なんとなくミニ四駆コーナーを眺めていると娘が1台のマシンを手に取った。
クマー?
箱には「しろくまっこ」と書かれたそれを欲しそうに抱えている。
900円かぁ、う、うぐぅ。
少ない小遣いを切り崩すのは忍びなかったが、せっかく娘がミニ四駆に興味を持ってくれたのだ。ここはパパとして買ってやらねばな!
そんな断腸の思いで購入したしろくまっこだったが、その夜組み立ててみて驚いた。
シャーシが軽い。
それに何だか組みやすい。
同封されていたのはスーパー2シャーシ、あの懐かしいスーパー1シャーシの改良型のようだった。
「スーパー1シャーシ、かぁ」
思い出そうとするとチクリと胸に刺さる悲しい記憶。
それは子供の頃に体験したホビー終焉の記憶だった。
☆
「おーい、ほっと、あいつん家に行こうぜー!」
「おーう!」
子供時代。
仲の良かったクラスメイトの家は俺達の溜まり場だった。
自らの部屋を与えられ、最新のゲーム機と専用テレビがあり、大量のおもちゃがあるうえに大人の目が届かない。まさにユートピアである。
そこに通ってゲームのプレイを眺めたり、聖闘士星矢の聖衣を取り替えて遊んだり、ドラクエ4コマ劇場を読んだりしながら夕飯までの時間を潰す。
そんな俺達が当時ハマっていたのが、アニメ「ダッシュ!四駆郎」によって爆発的なブームとなっていたミニ四駆だった。
それぞれが自慢のマシンを持ち寄り、工夫を凝らしたマシンで誰が一番速いかを決める。最高の時間だった。
そして、俺はそんな環境の中で自分の居場所を見つけていた。
「いくぞぉ!」
ギュィィィ! がしゃんっ
「うおおおお!」
「すっげぇ!」
俺の愛車、東京からお盆で遊びに来た従兄弟からもらったホットショットJr.が立体レーンチェンジで激しくコースアウトする。
しかし俺は誇らしかった。
何故なら俺以外の誰もレーンチェンジで飛び出せるほどの速度が出せずにいたからだ。
「おおい、なんでそんなに速いんだよ」
「へっ」
その秘密は親父からもらったニカド電池である。
その当時、他の少年達は安価なマンガン電池で走らせるのが当たり前だった。俺も最初は実家の電池を使っていたが、家中の単3電池を湯水のように使っていく俺をみた親父は辟易したのだろう。
たぶんホームセンターで最も安価な品物だったと思われる。しかしそれは小学生にとっては最強武器であった。
そんな訳でローラーすらまともに装着していないにも関わらず、俺のマシンは謎に速いというポジション取りに成功していたのだ。
だがしかし、その状況も長くは続かなかった。
いくら電池の性能が高いと言っても所詮は素組み。雑誌や漫画等による情報収集と各パーツ類の登場によって俺のマシンは次第に追いつかれるようになっていったのだ。
そして、トドメが刺される。
「おい、お前速いんだって?」
「えっ」
他のクラスメイトから聞きつけたらしい、今で言うところのカースト上位勢から因縁をつけられたのだ。
普段から極力関わらないようにと避けてきた人種に圧をかけられ、キョドりながらマシンのスイッチを入れる。
大丈夫。俺は速い。大丈夫......。
プレッシャーに押しつぶされそうになりながら、先程までいい走りをしていた愛車をコースインさせると。
ぶぅぅぅぅぅん、ピタッ
「は?」
「えっ、なんでっ」
まさかの激遅&停止。
なんでだ、さっきまであんなに速かったのに!
「おいおい、クソ遅ぇじゃねえか!」
「いやっ、そんな」
そこで必死に説明した。
親父からもらった充電式電池のこと。今日も走らせて速かったこと。そして恐らくは充電が切れたであろうこと。
聞かれてもいない秘密を暴露してしまった俺は、その行いを激しく後悔する事となる。
数日後。
ギュイィィィ!
ザシャァッ!
「うっ」
いつもの場所へ向かうと、そこにいたのはミニ四駆を持ったクラスメイト達。
なんという速さ。俺のマシンでは既に並走する事すら出来ない。
こんな短い期間に何があったというのか。決まっている、使っている電池の差が解消されてしまったのだ。
こうなれば終わりだ。いまや大して速くもない、ただコースアウトするだけの雑魚。そこにもう俺の居場所は無かった。
要するに俺は自ら種明かしをしてしまったのだ。
遅かった自分を弁解するために、なんとか取繕おうとした結果がこれだ。
苦い。
悔しい。
俺は両親に必死に頼んだ。
「お願い! 新しいパーツが欲しいんだよ!」
しかしその願いが叶うことは無く、ただ時間だけが過ぎていった。
胸につっかえたしこりを抱えつつ、別の場所で遊ぶ日々。
ところが事態は急変する。なぜか祖父がまとまった小遣いをくれたのだ。
俺は急いで町唯一のおもちゃ屋(なんとあのクラスメイト宅の向かい)に飛び込み、そして手当たり次第にパーツを買い込んだ。
これで勝てる。
もう遅いだなんて言わせない。
そう喜び勇んでクラスメイトの家に押しかけた俺は、あまりの衝撃に言葉を失った。
「え? コース? もう片付けたよ」
なん、だと...?
手にはフルチューンしたニューマシン。
しかし仲間の部屋にあるのは最新のゲーム。
たまたまそこに居合わせたカースト上位勢が、俺のマシンを覗き込んでこう言い放った。
「もう誰もミニ四駆なんてやってねーって。っておい、色なんか塗ってんのかよ! そんなことしたって意味ねーわ」
ギャハハ、と笑うがすぐに興味を失ったように最新のゲーム画面へと目を向ける。その背中が「どうでもいいよ」と語っていた。
何も出来なかった。
俺は結局、遅いままの雑魚で終わったのだ。
ブーム終焉と共に走る場所さえも失った俺は、ただ愛車を握りしめることしか出来なかった。
☆
そう、あの時走らせることが出来なかったマシンこそがS1シャーシなのだ。
今回ミニ四駆に復帰する時にも調べてはいた。だがその評価はあまり芳しくはなく、今はヒロに勝つ事が目的だったので最終的に初心者向けのMSを選択した訳だが。
だがしかし、進化型のスーパー2シャーシなら話は別だ。初心者の俺でも十分戦えるだろう。
よし、早速改造だ!
給料日を迎えたばかりの財布を総動員し、キットとパーツを全額購入した。
もうこの時点で俺の趣味にかける金銭割合は娘関連とミニ四駆関連がその殆どを占めていた。「趣味は金銭感覚が狂ってから」とはよく言ったものである。
だがそれでもいい。俺は勝ちたい。ヒロと戦いたい。
相手は黄金聖闘士トップタイムと競り合うような奴だ。完全にセブンセンシズに目覚めている。俺も青銅聖闘士のままではいられんのだ!
今度こそ証明する時! 俺は遅くない。俺はただの雑魚なんかじゃないって事を!
うおおおお! 燃え上がれ、俺の小宇宙よ!!!
購入したパーツ類を全て開封してキットの中に放り込む。
スマホで情報サイトを眺めながら真剣に組み上げていく。正直どのパーツがどんな理由でそこに配置されるのか原理は不明だ。
だがそれでもいい。奴に追いつけさえすれば!
そして最後の締めにレアキットのボディを塗装していく。
必ず帰ってくるように。そんな願いを込めながら。
「......出来た」
そうして組み上がったのが、俺の現時点での全力を込めたマシン。
アストロブーメラン雪風、見参ッ!!!
犠牲を払ってでも必ず帰還する事を使命としたブーメラン小隊にあやかって塗装してみた。
さあ行こう雪風、今度こそ奴を倒すのだ!
【 次 回 予 告 】
小遣いの大半を注ぎ込んで組んだアストロブーメラン雪風。スピードチェッカーでマークした速さではヒロを超えていた! これはとうとう俺の勝ちか!?
だがしかし、ヒロの底力は想像を絶していた。こんな化け物相手に一体どうしろっていうんだ!?
次回「ミニ四駆に戻ってみた。」
アストロブーメラン雪風(後編)
戻って来い、戻って来い! 雪風!!!
ほぼ毎夜10時頃~YouTubeにてゲームorミニ四駆の生配信を行っています!お気軽に遊びに来てください!https://www.youtube.com/channel/UC38sxZzD1yC-rTQzTaS7h5A