ミニ四駆に戻ってみた。3 アストロブーメラン雪風(後編)
「すまんッ!」
迎えたヒロとの決戦当日。俺は盛大に遅刻していた。夜遅くまで作業に追われたせいで寝過ごしてしまったのである。本当に申し訳ない。
待たせてしまったヒロには済まないが、そのお陰でアストロブーメラン雪風は万全の状態になった。
先日購入したネオチャンプは3日かけて充放電を繰り返してあるので高い性能を発揮してくれるはず。銅ターミナルも研磨剤で磨いてあるし、モーターも慣らし済み。
ローラーもプラ製を卒業してベアリングローラーに交換してある。これでコーナー速度も上がったはずだ。
速度だけではない。フロントアンダーガードとAR用リアブレーキを取り付けたので完走率もグッと上がっているはず。まさに極限進化! パパの小遣いをなめるなよ!
まだまだやりたいことはあったが、3時を過ぎた段階で妻に叱られたため中断せざるを得なかった。もしも続けていたら今も起きてはいまい。
という訳で10分遅刻した。すまぬヒロよ。
「はい、これ」
「えっ」
唐突に渡される小さな箱。一瞬プロポーズかと思ったが当然違った。
「TOSHIBAの充電式電池じゃないか。いいのか?」
「ブログだと悪者だからな。イメージアップだ」
決して悪者扱いしちゃいないのだが。まぁ照れ隠しなのだろう。
敵に塩を贈るか。さすがは雪国育ちだな! まぁ俺は贈るもの無いけどな!
「ありがとよ。でもいいのか?」
「ああ。あと20本くらいある」
そういえば電気屋でしたね。
☆
ギュィィィ、ザシャァァァ
店内に入りコースレイアウトを確認すると、前回来た時と大きく変わっているようだった。
ホームストレートからスラロームを挟み、90Rの第1コーナーへ。テーブルトップを挟んで短いストレートとコーナーが続く。
そして第3コーナー後のテーブルトップからのコーナーで他のお客さんが飛んでいるのが見えた。
ふむ。アップダウンは多いが直線の多いスピードコースと見たッ(初心者目線)!
一通りコースも見て回ったので、次は定番の新車発表会だ。ヒロの新車は......
「スラッシュリーパーだ。ステルス提灯のな」
「す、スゲェ!?」
相変わらず作り込みが半端ではない。
VSシャーシに搭載された肉抜きボディ。その裏に隠された提灯の存在は言われなければ気が付かないだろう。あ、だからステルスなのか。
「よくぞここまで」
「そいつはオマケだ」
「えっ」
「メインはこれだ」
そう言いながら取り出したのは、ヒロのパーソナルカラーであるマットブラックに染められたマシン。
しかしそのキャノピーに鎮座するマスコットキャラクターが「これはヒロではなく私の色だ」と主張しているようにも見える。
「くまモン フレイムアスチュートだ」
美しい。漆黒のボディとキャラクターの見事な一体感。元々こういう商品だと言われても信じてしまうだろう。
「こいつには『ノリオ』を実装した」
のりお?
あの、どちら様でしょうか?
「S2シャーシのサイドバンパー受けに、マスダンパーの付いたFRPプレートが乗る形になる」
だからノリオか。
デザインと機能の両立した気合いの1台。見事としか言いようがない。
だが俺のマシンも負けていないぞ!
「アストロブーメラン雪風です」
事前にブログでも見ているだろうから今更隠す必要もない。それにヒロのような複雑なギミックを搭載している訳でもない。
それでも今回のコイツは何かをやってくれそうな予感がするぞ。
うむ......行ける!
とりあえずお互いのマシンも披露したところで、試しに受付で借りてきたスピードチェッカーを使って速さを計測する事に。
くまモン:38km
スラッシュリーパー:42km
雪風:45km
( ゚д゚) ( ゚д゚)
(つд⊂)(つд⊂)ゴシゴシ
(;゚д゚) (;゚д゚)マジデ?
あれっ、本当に勝てるかも!?
ミニ四駆に復帰してから早数ヶ月。
今までは全く良いところが無かったが、ここに来て遂に奴の背中を捉えたか!?
あまりに予想外だったため動揺を隠しきれない。落ち着け、落ち着け俺。
とりあえず初めてのレイアウトなので様子見として素組みのマシンを走らせる事にしよう。うむ、そうしよう。
そう考えて以前ヒロと素組みしたビートマグナムを震える手でコースインさせる。
ギュイィィ
流石にキットそのままの状態では速度も控え目なのだが、それでも危険箇所の確認くらいは出来る。
各ジャンプセクションでの挙動を見ると、やはり第3コーナー後のテーブルトップが怪しいような気がした。ノーマルモーターなので安定してクリアできているが、これがガチマシンとなると怖い部分だ。
ぽよんぽよんと跳ねながらも何とかコースに収まりゴールイン。目算ではだいたい35秒くらいだろうか?
素組みマシンで完走できるという事は、割と初心者向けのレイアウトなのかも知れないな。ここは思いきって本命の雪風を走らせてみよう。
とはいえいきなり全力で走らせるのも心配なので、まずは使いかけの100均電池で走らせる事にした。
ギュイィィィ、ぱたんっ
「おおっ」
これまた安全運転だな?
ハイパーダッシュモーター3を搭載しているとは思えない速度域。先程の素組みより少し速いかな〜くらいのペースで進んでいく。
そしてそのまま飛びかける気配もなく戻ってきた。目算で31~2秒か? 安定しているのはいいんだけど流石に遅すぎる。
うーむ、どこかミスってるのかなぁ?
「コホンっ」
と、それまでは見ているだけだったヒロが1つ咳払いをして立ち上がった。
手にしているのは先程のスラッシュリーパー。俺と同じくまずはサブで挙動を見たいという事だろう。
ギュイィィィ!
「うっ!?」
おいおい、いきなり本気か!?
出足の速度からして俺とは全く違う速度域。え、まさかもう勝負を仕掛けてきたのか?
こちらの心配を他所に何度目かのアタックであっさりと完走してしまった。タイムは26秒台。
「ええ〜???」
嘘だろ、速すぎだっての!
これは充電式電池を使っても勝てるかどうか分からない。どうする俺!?
あまりの速度差に変な声が出てしまうが、奴は容赦なく次なる一手を繰り出した。
切れ味鋭い走りを見せたスラッシュリーパーをあっさり下げ、本日のメインだと言っていたくまモンを取り出したのだ。
まずい! オマケのスラッシュリーパーであの走りだったんだぞ、メインはもっと速いはず!?
長身をかがめながら、ヒロがくまモンをスタートさせた!!!
ギュイィィィ
ギュイィ、ぱたん。ギュイィ
ん?
気のせいか、思ったほど速くない?
いや、俺のマシンよりは速いんだけどさ、なんていうか、俺の目にはスラッシュリーパー程の速度は出ていないように見えるのだが。
ギュイィィィ、ぱしっ
安定走行で完走したくまモンを受け止め、ラップタイマーを覗き込むヒロ。
「何でだ……」
タイムは27秒台。スラッシュリーパーより1秒ほど遅い。本命マシンの走りを見て明らさまに落ち込んでいた。
出た! ヒロの「サブの方が速い病」。最初の対決以来ずっとこんな感じだった。
マシン制作技術とコース対応力がズバ抜けて高いので忘れがちだが、やはりヒロも初心者という事なのだろう。思った走りができずに悔しそうにしていた。
「......」
む? ケースの中にまだマシンが残っているだと?
あ、あれは! 前回のサンダーショット!?
説明しよう。ヒロの取り出したサンダーショットは、前回対決にてコースレコード僅か1秒差まで迫った驚異のマシンである!
明らかに初心者の域を超えたOパーツ。まさか奴はここで一気に勝負を決めるつもりか!?
ギュイィィィ、ザシャァッ!
「うっ!」
ヤバい、これはヤバい!
平面区間はキビキビと、立体区間はしっかりと。いや待て、なんで同じ初心者なのにそんな走りが出来るんだ!?
前回対決の時と同様、安定した走りを見せる。平面速度も今までで1番出ているように見える!
そして完璧な走りでゴール! その結果は......
「25秒19!」
ヒロが読み上げたそのタイムに愕然とする。
冗談は止してくれ、あと5秒も縮めないと勝てないなんて聞いてないぞ!?
果たして俺の雪風でどこまで迫れるのか。半ば諦めかけていた、その時だった。
「………」
ヒロが突然サンダーショットからパワーダッシュモーターを取り外す。
そしてケースから取り出したのは、先程片付けたはずのスラッシュリーパー?
いきなり26秒台の好タイムを叩き出したサブマシン。しかし明らかにサンダーショットの方が速かったはず。
いまさら何を?
しかし奴の手元を見て気がついた。
「お、おい、まさか」
ヒロはスラッシュリーパーに搭載されていた、赤いエンドベルのモーターを取り外した。
赤。つまりはハイパーダッシュ3モーター、まだ余力を残した状態でのタイムだったという事か!
そしてサンダーショットから取り外したパワーダッシュモーターを搭載すると、間髪入れずにコースインさせた!
ギュンッ!
凄まじい勢いでスタートしていく。
まるで平面コースかのような速度域。しかし何の改造が効いているのか、ジャンプセクションでも何とかコースに収まっている!
まずい、まずい、まずい! あの暴風のような速度のマシンを制御しているだと!?
「よし!」
「マジか!?」
遂に完走してしまった!
そして、そのタイムは。
「24秒23ッ!?」
なぜだ、何故この男はこうも憎たらしいほどに速いんだ?
何故ここまで好タイムを叩き出せるんだ?
何故俺はこうも毎回ボコボコにされてしまうんだ!?
何故だ!
☆
ギュイィィィ、がしゃんっ
「くそッ」
ギュイィィィ、がしゃんっ!
「何故だッ!」
ヒロのタイムにプレッシャーを感じながらタイムアタックを繰り返す。しかし他者のタイムを意識しながらの走行はペースを乱されてしまって上手くいかない。
本来であればタイムアタックとは自分のマシンに合った速度でのベストタイムを刻むべきもの。完走できるマージンを十分に残したうえでの周回タイムを記録するべきなのだろう。
だがしかし、これは俺と奴との勝負。
追い詰められた俺と、のんびりチーズバーガーをパクつく奴との真剣勝負なのだ。
思えばいつだって俺達は競い合ってきた。それはなにもミニ四駆に限った話ではない。
ヒロとの勝負は至ってシンプル、「自分の勝ち」と思えた方の勝ち。それが暗黙のルールとなっていた。
俺達は遥か昔からそうやって競り合って来たのだ。このタイムアタック勝負も簡単に投げ出していいものではない。
とはいえ、これは厳しいぞ...!
時刻はPM00:20。船の時間を考えるとタイムリミットはあと2時間弱と言ったとこか。
「なふぇぶぁ!」
コンビニで購入したツナマヨおにぎりをもふもふと頬張りながら、セッティングを見直していく。
奴のベストラップは24秒23。対する俺は未だノータイム。
いや、ぶっちゃけ完走だけなら難しくは無い。先程のように垂れた電池でまったり走らせればいいだけなのだから。しかしそんな気の抜けた走りで勝てる相手ではない。やるだけ時間の無駄だ。
そんな驚異のタイムを叩き出したヒロだったが、今は何故か24秒台の走りを再現できずに四苦八苦している。そりゃそうだ。あんなタイムをホイホイ出されたらたまったもんじゃない。
いや、今はヒロの事などどうでもいい。まずはタイムを出さねばならん!
「ええいっ! 出し惜しみはせん!」
今日の入場券代わりに購入した2段アルミローラーをフロントにセットする。2個で千円近くするローラーは流石に買うのに勇気が要ったが、今はなりふり構っていられる場合ではない。
そして、その効果は絶大だった。
ギュイィィィ、ザシャァッ!
「よし、完走した!」
すぐさまラップタイマーを起動して再スタートさせる。この状態のままで走れば完走したタイムが計れるはずだ。
だが、ミニ四駆は難しい。
「な!?」
たった今完走したはずのセッティングで激しくコースアウト。屋内の壁に激しくぶつかりながら俺の手をすり抜けていく。
ようやく止まった頃には、大切な雪風の尾翼が片方取れてしまっていた。
「ちくしょう、ちくしょうっ!」
仕方なく飾り部分をボディから取り外す。こうなってしまえばもうボディの外観を気にしている場合ではない。
別の電池に入れ替えて再度走らせるも、何故か同じ場所でのコースアウトを繰り返してしまう。
「さっきは完走したのになぜだ、あ」
よく見るとフロント左のローラーがポールごと曲がっていた。それだけではない。リアのFRPプレートも折れ曲がっている。こんな状態では安定した走行など望むべくもない。
「どんだけ負荷が掛かっているんだ?」
マシンを見たヒロが素直な感想を漏らす。
負荷? 俺が雪風に無理をさせてしまっているのか?
なるほど、だったら無理のない走りをしてみようじゃないか。
破損した部分に応急処置を行い、電池を使用済み100均電池に交換する。その代わりにブレーキは少な目に変更、最高速度を落として減速を少な目にする作戦だ。
ギュイィィィ、ザシャァ
「うーむ」
悪くはない。
先程よりも平面速度は出ていないが、その分ジャンプセクションでの姿勢は安定しているが、果たして......
ギュイィィィ、ぱしっ
完走したタイムは、26秒72。
「おっ」
確かに遅くは無い。奴のくまモンは超えられた。しかし今更である。ヒロのベストタイムまであと2秒も差があるのだから。
ぐぬぬ。
☆
PM 01:25。
タイムリミットまであと1時間。
どうする、どうする、俺!
「ぬぅぅぅぉぉぉおおお!」
残り時間が少なくなり、心の余裕も少なくなってきた。
もう頭も上手く回らない。寝不足の脳ミソも限界が近いようだった。
いや、駄目だ。考えろ! 考えるんだ! 諦めるな!
どうするか、ではない。やるのだ。やってから考えろ!
「ふんす!」
雪風の大径ローハイトタイヤを引っこ抜き、タイヤ径が小さいものに交換する。少しでも重心を下げる作戦だ。
モーターはハイパーダッシュ3からスプリントダッシュモーターへと変更する。電池も温存していたネオチャンプをここで出す!
タイヤ径が小さくなった分、最高速は下がってしまうだろう。しかしそのマイナス分は高回転型のモーターと高出力の充電式電池がカバーしてくれはずだ。
車高が下がった分フロントアンダーガードがレギュレーションに引っかかるため取り外す。安定感が損なわれる事を考慮してサイドのマスダンパーをより重いものに交換した。
ここまでの作業で約30分。時計は午後2時を指していた。あと30分しかない!
「今度こそ!」
急いでコースへと向かう。
だが、しかし。
ギュイィィィ、がしゃんっ!
「ああっ!」
平面速度は十分出ている。むしろ先程よりも速いくらいだったが第3コーナー後のテーブルトップ~右コーナーがどうしても入らない!
焦りながらも雪風の破損状況を確認する。車体に異常は見られないが、アストロブーメランの特徴であるカナードがポッキリと折れていた。
それだけではない。よく見れば丹精込めて作ったボディは傷だらけとなっている。塗装案を考えるだけでも数日間かかったボディが、だ。
それでも。
まだだ、まだ終われない!
まだ行ける、行くしかないんだ!
残り時間は20分を切っている。いやそうじゃない、言い換えれば20分もあるじゃないか、次の手を考えよう!
何かがあるはずなんだ。何かが!
そもそも何故にヒロは毎回あっさりと完走できる? 何故に俺は完走すら危ういんだ?
何かが決定的に欠けているんだ。考えろ、考えろ......!
その時、既に片付け作業に入っていたヒロに声を掛けられた。
「なぁ、次の対決はどうする?」
「え?」
何を言っているのか、言葉の意味が一瞬分からなかった。
「だから、次の対決内容さ」
次?
次回の話だと?
いやいや、何を言うかと思えばコイツってばもう〜HAHAHA!
俺はまだ、自分を敗者と認めていないッ!!!
まだ時間はある、まだ雪風は走れる、まだ! まだ!
ならば、まだ終わっていない、諦めるな、矢を折るな!
ヒロのタイムを捉えろ、あの走りを思い出せ、あの走りを、ジャンプセクションでの、ブレーキング、を......?
ん、ブレーキ?
その時、ふと神が舞い降りた。
いや、自らが神であるとの自覚が甦った。肉体(ソーマ)という牢獄(セーマ)に押し込められ忘却(レテ)の河を渡った我々が、眼を外界ではなく魂の内面へと向け直すことでかつて見ていたイデアを想起し、その原型に即し真の認識に至る様。
人、それを神人合一と云う。
一言で言えば『ひらめいた』。
「これかァッ!!!?」
いつもミニ四駆を入れて持ち歩いている弁当袋から黄緑色のスポンジを取り出す。それは今まで不要だと思っていたフロント用のブレーキパットだった。
俺は今まで誤解していた。ミニ四駆の本質は速度。だったらブレーキなんて邪道だろうと。だから減速の少ない後ろ側にだけ貼り付けたらそれでいいと思っていた。
だがそうじゃない。その必要最小限のブレーキングは、フロント側にもしっかりと貼り付けてやっと最低限なのだ! だからヒロは完走できていたのだ!
タイヤ補強用の両面テープをフリーハンドで引き千切り、フロントバンパーに目分量で切ったブレーキを貼り付ける。
その作業に数分間。これが最後の調整となるだろう。
雪風、お前、ボロボロじゃないか………
ごめん、俺が馬鹿なせいで、ただ単にフロントブレーキを付けるだけなのに、こんなにも回り道させてしまったよ。
だけどさ、あと少しだけ付き合ってくれ。
「ヒロ、ラップタイマー貸してくれ」
雪風のスイッチを入れる。
昨日の夜、いや正確には今日か。ピカールで磨いたノーマルターミナルの輝きを思い出す。
そうだ、負けてなどいない。
俺にはヒロのようにヒクオや提灯、ノリオ等の最新ギミックを組み込む事は出来ないが、それでも、これまで過ごした密度は決して劣るものでは無かったはずだ。
ピカール、モーター慣らし、タイヤ加工、ネオチャンプ育成、ボディ塗装......
どれもミニ四駆に戻ってみなければ一生やることのない行為ばかりだ。
そして、その一つ一つがどれも『楽しかった』!
やるべきことはやりきった。後はただ見守るのみ。
「……行ってこい」
ゆっくりマシンを手放し、雪風が走り出した!
ギュイィィィ!
ホームストレートを異常な速度で駆け抜ける。先程までのセッティングであればまず完走できないだろう。
だがしかし、今回はフロントにもブレーキを貼ってある。もう他に打つ手が思い浮かばない以上、それに掛けるしかない。頼む、入ってくれよ。
そして、第3コーナー後のテーブルトップを……
ザシャァァァァッ!!
「おおッ!」
「通った!」
思わずヒロまでもが声を上げる。
途中でコースに乗り上げたり着地で跳ねたりしながらも、懸命な走りを見せる雪風。まるで我が子の運動会を観ているような気分。
何度も危うい場面がありつつも、最終ラップまで持ちこたえて完走した!
その結果は!?
「今のタイムは......
24秒……49ッッッ!!」
来た。
ヒロとの差、わずか0.26秒!
「......!」
遂にヒロの背中を、捉えた!
「行ける!」
すぐさまブレーキセッティングの見直しに入る!
タイムリミットまであと15分ある。ひっくり返すには充分だ。
「遂に俺にも主人公補正が入ってきた! ここから勝ったらこのブログ映画化してやんよ!」
「………」
ヒロは相変わらずの無口だ。
しかし片付けたはずのスラッシュリーパーを再び出すなんて、最高のリアクションじゃないか!
ヒロも再度アタックに入るが、しかしここまで数時間走らせてきた事によって速度が失われている。25秒台がやっとの様子だ。
お前の電池はもう死んでいる。儞已經死了(ニイイチンスラ)!!!
かくいう俺もフロントブレーキの調整などやった事がない。経験不足が露呈してマスキングテープを張りすぎて続けざまにコースアウトさせてしまう。
時刻はもうすぐPM2:23。まだだ、あと7分ある!
今度はフロントブレーキの位置調整のみを行い、マスキングテープを外した。
ギュイィィィ、ザシャァッ
「24秒78! 遅い!」
それでも24秒台で完走できるようになってきた、もう少し、もう少しだ!
残り時間はあと僅か。最後の一手として選んだのはリアブレーキ調整。半分ずつマスキングし、スイッチを入れた。
もう一度。この1回だけでいい、俺に勝利を見せてくれ!
ギュイィィィ!
高電圧バッテリーと高回転型モーターによる高速移動が、雪風のボディを戦闘機へと変えていく。
ザシャァッ!
何度も苦しめられた立体セクションを安定して抜けていく。現代ミニ四駆の要は速度と安定性の両立にこそあったのだ。
いいぞ、いいっ! そのまま完走してくれ!
戻って来い、戻って来い、雪風!
そしてそのままファイナルラップ突入する。
目にも止まらぬ速さで立体コースを駆け抜ける姿は、正に妖精だった。
ふわり、と空を舞う雪風。
最後のテーブルトップで、コースアウトしていた。
「しゅーーーーーーーー!
ッッッッりょぉーーーーーーーーーー!!!」
時計の針がPM2:30を指し示す。
こうして今回の戦いもまた、ヒロの勝利によって幕を閉じたのだった......。
☆
ヒロを船着き場まで送り届けた後。
家路を急ぎつつも別れ際のヒロの言葉を思い返していた。
「次回の対決は、新シャーシを使おう」
今回は俺がS2、ヒロがVSとS2、ARを使用した訳だが、次回は敢えてそれを外して組もうという事だった。
ミニ四駆は深い。大の大人が数ヶ月かけても底知れないホビーだ。
新しいシャーシか。どんなシャーシでもいい、次こそヒロに勝てるマシンに仕上げよう!
十数年ぶりに戻ってきた俺達のミニ四駆は、まだ始まったばかりだった。
【 次 回 予 告 】
あと一歩のところでヒロに敗れた俺だったが、激戦を通してミニ四駆の底知れない魅力にすっかりハマっていた。
せっかくなので他の仲間も誘ってみたのだが、そいつの作り出す不思議なマシンに、なんとあのヒロが窮地に追い込まれていく!
訳がわからない! ミニ四駆は謎が多すぎる!
次回、ミニ四駆に戻ってみた。
「リバティーエンペラー(前編)」
おいおい、それ本当に走行用なのか!?
ほぼ毎夜10時頃~YouTubeにてゲームorミニ四駆の生配信を行っています!お気軽に遊びに来てください!https://www.youtube.com/channel/UC38sxZzD1yC-rTQzTaS7h5A