夏の庭

男は暗い部屋で私の眼を見て言った「結婚しよう」。あー付き合ってから喧嘩もないし、ひと悶着もふた悶着もあると噂に聞いていた「結婚」がこんなに簡単に安心してするりと手の中に入ってこようとしている。なんだちょろいじゃん。これが運命ってことなのか。

子どもはいなくても良い、2人でいままでみたいにおいしいお酒とごはんおお店を回りながら、趣味の音楽をきいたりやったりして暮らそう。仲いい友達が近くにいて、家族はたまに会って、できれば猫が飼いたい。するする出てくる彼のビジョンににこにこしながら頷きすぎて気づいたら地球が反転して、私たちは薄暗いところにいた。別れるまで約2年。一番仲が良かったところからの転落は、もはやいまいち記憶にない。観覧車にでも乗っていたのだろうか。

それから良く分からない男を何名か経由し、現在にいたる。

私は惚れっぽいのですぐに自分の身近な人に恋をして舞い上がってしまうので好きになるのはそう時間はかからなかったけれどこれほど釣れなかった男も久々だったのでなんやねんむかつくなあと思いつつ、もはやしゃべってる横顔みてるだけでいいか状態だったのでどうにか付き合ったがそこから一年もまた釣れず、ここ一年くらいで、やっと、やっと仲良くなった気がする。牛歩。牛歩だ。努力による恋愛。降ってきたような運命や落ちてきたような雷はどこにもない。

しかし流されるように7月上旬にこの7階の見晴らしのいい部屋に引っ越してきて、先週は鎌倉で簡単な指輪を買い、いま彼は同じ部屋でマンドリンの調律をしながら一昨日かったレコードプレーヤーでユーミンをかけ、畳に寝転んでいる。

引っ越す少し前に私が、少しビビりながら結婚するの?とさらっと聞いたら、こちらを見ずに「するんじゃない?」と答えながら片付け物をしていた。

なにかを信じるとか信じないとかっていうのは難しいなあと思って途方に暮れてしまう。それでも窓の外の青空を見ながら、私は蝉じゃなくて良かった、と思った。

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