今だに昇華できない遊戯王GXの不満(個人的な)

遊戯王GXのテーマは「カードは所詮力であって心なんて戯言、信頼なんてすぐ裏切られるので友情なんて存在しないし、夢はかなわないようにできている」

まるで遊戯王GX64話まで積み上げた要を否定する作品だった。

思えばカイザー→ヘルカイザーへ変貌したところからおかしくなった。一度歪んだ信念なんて元に戻らなかった。ヘルカイザーvs翔のデュエルも「カードは心じゃなく力」という顛末。サイバー流の思いはいともあっさり絶たれた。

三期後半もそうだ。佐藤先生は自分の不幸を十代のせいにして、異世界に行く時も翔たちみんな自らの意思で十代について行ったのにいざ自らの身が危なくなると十代を裏切り者扱い。お前らはそんなに自分勝手なのかと。翔の「友情の証明」ってそれ「友情の決別」じゃないですか。十代が苦しんでいたのはみんなから勝手に裏切り者扱いされてきたからじゃないですか。ヘルカイザーもそんなに十代にヒールになって欲しいんですか。三期以前の要全否定のこんな有様。結果十代は一度死ぬ。その後もみんなは自分達のせいで十代を死なせたことなんて微塵とも反省もしない。あんたら頭おかしいですか。ってか翔たちお前らなんかはじめっから十代の仲間でもなんでもなかった。ただの「自分にとって都合のいい赤の他人」。

それ考えると4期の蛇足感。翔たちに見せる悪夢は十代に対するお詫びであってほしかった。オブライエン救われないままだった。三沢は愛のないいじり続いてスタッフすら見捨ててしまった。結局何やかんやで十代は「人ならざる宿命」のせいでデュエルキングの夢は破れたまま終わった。

あくまで遊戯を継ぐ者はVSレベッカ戦やマスクザ6戦におけるホプキンス教授の言うところであって闇遊戯の宿命ではない。『失ったものを取り戻す』なら何故それらを壊す必要があるのか。それを思うとラストデュエルは蛇足でしかない。

こんな目に会うなら、65話ヘルカイザーのところで視聴切りすればよかったと未だに思う。そして十代は三期ラストで死んだままにしてアニメを終わってほしかった。

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