ウィスキーとふたたび【Lycian way5】
その朝、ウィスキーに再会する夢で目覚めた。
バスの時刻を確かめようと、丘の下の中心街へ向かう。
道路を渡ると、前方から黄土色の物体がこちらに向かって歩いてくる。
ウィスキーだ。
昨日、何度も似た犬を見間違った。
でも、あれは、確実にウィスキーだ。
彼は、私たちを見つけて、こちらに向かってきてくれたのだ。
ウィスキー、昨日はごめんね。
込み上げる思いを抑え、撫で回した。
そして私たちはふたたび、共に歩きはじめた。
私たちは、ウィスキーにあげる最後の食事について話し合っていた。
友人は、生卵をかけたパンがいいといった。
日本人と鳥類以外で、生卵を好む生物がいるとは、初耳だった。
彼は相変わらず、一定の距離を保ちながら歩いていた。
だが、以前との違いは、もう街に馴染んでいることだ。
いろんな匂いをくんくん嗅ぎながら、私たちそっちのけで歩いている。
彼は、私達がいなくても大丈夫だ。
そう確信した瞬間だった。
まず、パン屋に向かった。
「ウィスキー、ここは大きい街だから、車には気を付けるんだよ。」
と念を押した。
パン屋のお姉さんに
「この子は、これからこの街の犬になると思う。見かけたら何か食べ物を与えてあげてね。」
と伝えた。
ウィスキーにだって、彼の人生があるのに、余計なお世話かな。
つぎに、念願のバクラバを買いに行った。
バクラバとは、パイ生地に砕いたナッツを挟み、何層にも重ねてたっぷりシロップを染み込ませた、超ハイカロリーなトルコの伝統菓子だ。
甘すぎるそれを嫌っていたはずなのに、いつの間にか病みつきになって、街に行く度に購入していた。
おそらく、カロリー面だけで言えば、1つ食べれば1日生き延びられるほどだ。
ちなみに、サイズは3cm角ぐらい。
もしかすると、登山の行動食に適しているのかもしれないが、中毒性がある。
友人とウィスキーは、ベンチで待っていた。
ベンチに戻って、バクラバを食べる。
食べ終えてまた歩き出したが、ウィスキーがついてこない。
何かの匂いを一心に嗅いでいるようだった。
「ウィスキー、行っちゃうよ」
一応声を掛けてみたが、反応がない。
もうきっと、彼は"この街の"犬なんだ。
そんなウィスキーの姿を遠目に見守り、バス停へ向かう。
「お別れ、できなかったね。」
「大丈夫、君がバクラバに夢中になってる間、ずっと撫でてたから。」
実は、これまでどのLycian way dogも、さよならを言えていない。
辛気臭いのが嫌いなのかもしれない。
別れの予感を察して、姿を消すのも、彼らの特徴だ。
「人間って、別れとか始まりとか、何でも区切りをつけたがるよね。出会いなんて、通りすがりでしかないのに。」
そんな声が聞こえてくるような気がした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?