ウィスキーと歩く【Lycian way3】
昨晩も、ウィスキーは見えぬ敵(風の音)と夜な夜な戦っていた。
さて、長い一日の始まりだ。
日の出前にテントを撤収し、灰を散らし、かまどを崩した。
海沿いのごつごつした岩の上を、1時間ほど歩いた。
大きな岩の上で朝日が昇るのを見届け、先を目指す。
実はこの日、また新たな計画を企んでいた。
野生のオリーブで、オリーブオイルを作るのだ。
前夜、オリーブの作り方を調べてから、わくわくして眠れなかったのだ。
オリーブを"温かい手"で揉み潰すのがポイントらしい。
それならば、歩きながらもみもみすれば、手は温かいし、楽しいし、おいしいものができる…一石三鳥じゃないか!
友人にその計画を告げると、賛同してくれた。
途中、野生のオリーブの木を沢山通過した。
ただ、大きくて、熟してるものとなると、なかなかない。
一本の木で止まり、拾い始めると
「こんなところでオリーブ拾ってたら、kasまで行けない。今日は20km以上歩くんだぞ。」
と、友人。
……聞いてない。
昨日の話し合いでは、10km先の海辺がきれいだったらそこで泊まって、そうでなければkasまで行こうと言っていたはずだ。
まだ、その海辺を確認していない。
それなのに、友人はもうkasまで行くと決めていた。
オリーブを拾えないこと、海辺でキャンプ出来ないこと、思ったより長く歩かなければならないことに不満が募り、ぷりぷりしていた。
さらには、陽射しが強く、暑かった。
ただ、友人の気持ちも分かる。
今日でテント泊14日目だ。
ずっとシャワーを浴びていない。
不快感120%だ。
結局友人は、私のわがままに付き合って、オリーブを拾ってくれた。
拾い始めたら止まらなくなって、4kgぐらいを運ぶことになってしまった。
わたしも折れて、ぷりぷりしながらkasを目指すことにした。
いつまで経ってもぷりぷりする私を見兼ね、友人が訊いた
「もうさ、泳ぐ?kas周辺なら、陽が暮れてから歩いても、なんとかなるよ。」
その言葉で、ぷりぷりしながら海に入った。
つめたい!
いくら暑いといえど、冬だ。
歩くたび、鋭い岩が足の裏に刺さって、痛い。
あまりに苦痛すぎて、笑いが込み上げてきた。
14日ぶりの水浴びは刺すように冷たくて、とても気持ちの良いものではなかったけれど、私たちにふたたび笑いをもたらしてくれた。
水浴びを終え、ふたたび歩きはじめる。
同じ道とは思えないほど、見るものすべてが美しかった。
こんなに美しい道を、ぷりぷりしながら歩いてたんだ。
なんて失礼なことをしたんだろう。
一箇所だけ、急な岩場があり、ウィスキーはまた立ち往生してしまった。
友人がウィスキーを抱きかかえ、細い岩場を通る。
わたしたちはもう、他人ではない。
夕暮れ前に、休館中のリゾートホテルに辿り着いた。
雨雲がそこまで迫ってきていた。
何より、目の前の海が透き通っていて美しかった。
kasはもう目と鼻の先にあるが、静かで美しい陸の孤島を選ぶことにした。
おじさん3人が、お茶をしている最中だった。
泊まれないかと訊ねると、オーナーに電話をしてくれた。
100リラで、洗濯機とキッチンを使わせてもらう約束を交わした。
海の前のコテージタイプの部屋で、ウィスキーはデッキで寛いでいた。
わたしは熱いシャワーを浴びて、ドライヤーで髪を乾かした。
洗濯物をお願いし、部屋に戻ると急に電気が消えた。
キッチンに行ってみると
「No electric」
と言いながら、キャンドルに明かりを灯し、お茶をする3人。
すぐ回復するだろうと、諦めて部屋に戻る。
しかし、部屋は寒いし、暗いし、友人はシャワーを浴びるタイミングを逃してしまった。
おずおずと食料を持ってキッチンに向かう。
ガスを使わせてもらえないかと聞くと、シェフがやってきて、携帯のライトで手元を照らしてくれた。
私たちの手際の悪さを見兼ねてか、途中から全部作ってくれた。
「卵入れる?」
と、私達が持っていない材料まで足してくれた。
贅沢なディナーだった。
シェフはこの道40年のベテランで、料理をこよなく愛していた。
以前は街のレストランで働いていたが、ここ数年はこのリゾート地で働いているそうだ。
この場所が好きだと言っていた。
それにしても、ずいぶん太っ腹なオーナーだと思う。
オフシーズンでホテルは閉めているのに、従業員を雇い、衣食住を与えている。
その間従業員たちは、オリーブを収穫したり、部屋の修理をしたりしているが、なんだかのんびりだ。
私達が食べ終えた頃、キャンドルで灯された3人の食卓にはなんとも豪華な食事が並んでいた。
真っ暗な部屋に戻ると、やることがないことに気付き、眠ることにした。
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