2024.2.27日記

いやぁ、なんだこの気持ちは。酒飲みたいっすわー。てか帰って飲むか、家帰ったら23時すぎるな。いやぁ。今日もPARAだったのですが、他人の演技見るのめちゃくちゃ楽しいね、しかも舞台の本番とは違う。稽古場とも違う。いわば他人の演技の実験を見る場。ってのは自分にとってはかなり新しい経験で、刺激的です、なんだろう、飲み会で知らない人と話したり、フェスティバル行ったりとかではもう非日常を最近は感じられなくなっていたのが、ここにきてそれが感じられた。カンジラレタのです。人が表現に向きあい、まさに今目の前でその人から出てきた表現に、今度は自分が向き合うという体験。これってなんだろう、読書会とかもそうなのかもしれないけど、時間があくじゃないですか、「書く」という行為から、それが「読まれ」、そして「語られる」までにはタイムラグがある。その場ではない。演劇観ても、本番後、飲み屋さんで感想を語り合うまではタイムラグがある。いま、ここ、で行われた表現に対して、その場で何かを話すということはできない。それが「演技の教室」で出来てるというのが感動的です。

そしてまた今日やった二人がめっちゃ面白かったです。自分とはアプローチが全然違う。二人の間でも全然違う。一人は身体の人で、テキストと身体がもともと切り離されている。それでいて、動いてしまう身体に対して言葉がくっついたり離れたりする。稲継さんの「言葉を内包した身体ができている。次はその身体をどう裏切るかってこともできるかもしれない。あるいはここぞというときにその身体を観客に向けて使うこともあるかもしれない」というコメントになるほどなぁと。

もう一人はイメージの人で、テキストがあって、それに対する自分のイメージがある。でも最初に出てきたイメージからはかけ離れた方法をとる。人気子役のイメージ、ギャルのイメージ、ロックバンドのイメージ、ゴキブリのイメージ、それらがコラージュされて出てくる。パンチ力がすごかった、演技は小学校からやったことがないと後から聞いたが、思い切りがよくて、すべてが振り切っていた。「見たことないもの見たなぁ」って久しぶりに思ったな。

最後2人が同時に演技する時間が設けられて、つまりコラボレーションする時間があって、2人でやるとこれがまたそれまでとは全然違った演技になったのがすごかった。イメージの人が仕掛けるのかと思いきや、意外と受けにまわり、身体の人がイメージの人をめっちゃ見ることによって仕掛けていく。二人の距離感とか、関係性とかが立ち現れて、二人の時間がそこにあった。お互い全く違うテキストと身体を持ってるのだけどバチバチとバトルするのではなく、過度に寄りかかるのでもない。あとで感想を聞くと「お姉ちゃんがキッチン行くならわたしはリビング行こ」みたいな感覚だと。めちゃくちゃ勉強になった。

今日の日記は岸田賞候補作品読むシリーズにしようと思って下書きまでしてたが、いまさっき経験したことが濃厚な時間すぎて書き殴ってしまった。はいー。