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砂金を掘る

 北海道最後のプロの砂金掘りがいた。辻秀雄さんという。1908年に十勝の忠類村に生まれ、京都の鉄工場を皮切りに職業を転々とし、1930年から道内で砂金を掘るようになった。最後は歴舟川のそばに小屋を建て、1972年まで砂金で生計を立てていた。明治以前から昭和初期までは砂金で生活する人も珍しくなかったが、年月をへて資源は減少し、また経済成長とともに、割に合う仕事ではなくなった。最後の砂金掘りは珍しがられ、メディアに何度も取り上げられた。いま、芽室町に住む加藤公夫さんは若い頃、テレビで辻さんを見て興味をもち、会いに行った。突然訪問してきた青年を辻さんは歓迎し、自らの人生や砂金掘りの方法などを聞かせてくれたという。

加藤公夫『北海道砂金掘り』(復刻版)

 2022年10月、加藤さんのお宅にお邪魔した。加藤さん自身も砂金掘りを趣味とし、一時は北海道砂金史研究会の会長を務めていた。道具を手作りして、これまでに100グラムほど採取したという。私も大樹町で砂金掘りの真似事を1時間ほどしたことがあるが、まったく採れなかったとこぼすと、「1時間なんてだめ。勤勉に作業することです」と笑われた。

 『地方史のつむぎ方』に加藤さんの砂金掘り研究を紹介するとともに、私の失敗も書いたところ、読者の野村敏則さんから連絡が来た。新十津川で採れる川があるから案内しますよ、という。道具もすべて貸してくださる。ありがたい話に誘われるまま、先日、行ってきた。

 現場は、幅5メートルほど、深さ数十センチ、石と砂利からなる中流域で、両岸とも木々に覆われている。渓流釣りや山菜採りに来てもよさそうだ。ウェダー(胴長)を履き、手には長いゴム手袋をはめる。カッチャとパンニング皿を渡され、使い方を説明される。川底をカッチャで掘り下げ、砂利や泥をすくっては皿に載せる。満杯になった皿を水に沈め、はじめは回転させて、つぎに前後に揺すりながら、砂利や砂を流してやる。砂金は重いので、最後まで残るのだという。

カッチャで川底の砂利や泥をすくう

 お手本の作業を見ていると、無造作に皿を揺すっているように感じる。砂金が流れていかないのかと心配になるが、1ミリ程度の砂金が姿を現した。皿の窪みにうまく引っかかっている。私も真似をしてみる。皿をうまく揺することができないが、手助けしてもらいながら作業するうち、砂金が見えた。それをスポイトで吸い取る。休憩しながら4時間ほど作業して、十数粒の砂金を手にした。推定重量1ミリグラム。現在の金相場はグラム1万3千円だから13円の価値がある。

パンニング皿を揺すって砂利や砂鉄を流し、砂金だけを残す

 野村さんがはじめてこの川に来た約15年前には、もっと砂金が採れた。砂金掘りを趣味とする人たちには有名な場所なので、年々減っているらしい。しかし、毎春の雪解け水が上流から砂金を供給するので、まったくのゼロになることもないという。

砂金を発見

 「若い頃は休まずに掘り続けましたが、50代後半になるともう無理ですね」と野村さんが苦笑いする。砂金掘りは油も電気も使わない。木製の揺り板ではなく、プラスチック製の皿を使うなど、時代に応じた変化はあるものの、基本は昔とおなじ作業である。北海道がゴールドラッシュに湧いていた頃、一獲千金を求めて川を掘っていた人たちの仕事を束の間体験できた。

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