シンビラビィの謎
2024年8月13日付の北海道新聞の女性専用投稿欄「いずみ」に目が止まった。投稿者は札幌市の71歳の女性である。「お盆が近くなり朝仕事を終えた祖父は、家に入るなり『あのシンビラビィが見えないのか』と、あきれたように言うのが口癖でした」と始まる。その植物は畑一面に赤茶色の芽を出し、はうように広がり、黄色の花を咲かせる。砂粒のような種を拡散させるため、取っても取っても、なくならないという。本当の名はスベリヒユ。祖父が亡くなって50年が過ぎたが、なぜシンビラビィと呼んでいたのか分からない。「あの頃に戻れたらぜひ祖父に聞いてみたい」と結んでいる。
シンビラビィという言葉など私も聞いたことがない。しかし、理由は分かるかもしれない。調べてみることにした。
まず、Googleで検索するが、道新のこの投稿しかヒットしない。つぎは国会図書館デジタルコレクションである。このデジタル図書館には書籍や雑誌の全文検索機能が付いており、Google検索で分からない言葉があっても、こちらで判明することがある。今回も1件だけだが、ヒットした。『鹿児島民俗植物記』(1964年)。しかし、閲覧できるのは国会図書館内に限られている。だが、植物に関する本である。シンビラビィの謎解明に近づいているのではないか。「ィ」を省き、「シンビラビ」で検索してみた。すると、40件もヒットした。
1件目は『山口県植物方言集』(1943年)である。この本は「送信サービスで閲覧可能」、すなわち国会図書館に利用者登録していれば、自宅のパソコンで閲覧できる。鴻南報国団文化部郷土研究班が山口県内の植物の地域名を調べた本であった。そして、「すべりひゆ」の別名一覧のなかに「シンビラビー」という名が載っていた。同県の玖珂で使われている言葉らしい。「ヒービラビー」「ヒンビラヒー」など似たような言葉も載っている。
2件目は内藤喬『鹿児島県植物方名集』(1955年)である。こちらにも「スベリヒユ」の別名として「シンビラビイ」が挙げられている。使われているのは、甑島、下甑、長浜、手打とある。いずれも九州の西に浮かぶ甑島の地名である。
3件目は『小野田市郷土文化研究叢書 第3輯』(1959年)である。1件目と同様に玖珂で「シンビラビー」を使うと紹介している。ヒユがなまってヒイになり、また、その姿態、感覚から音韻上のさまざまな変化(「インビラビー」「ズルズルビー」「スベリビー」「ヒンビラヒー」など)を見せているのだと解説する。
この他にヒットしたのは医学関係の文献が中心だった。
シンビラビィが山口県と鹿児島県甑島で使われていることは分かった。地理的に離れたこの2地域だけで使われていることは考えづらく、ほかにも使われている地域もあるのだろうが、これ以上のことは分からなかった。
いずみの投稿者のご先祖は1884年に北海道に入植したということだが、山口から九州方面にルーツがあるのではないか。出身地の方言をそうとは知らず代々使っておられたのかもしれない。
※冒頭の画像は、村越三千男編『内外植物原色大図鑑 第8巻』(1934年)より。
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