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MY WAY

フランクシナトラなどが歌う「My way」。偉人もそうでない人もそれぞれ個々の「My way」がある。

英語の歌詞をそのまま和訳すれば、この歌が終活にピッタリの歌だと分かる。中にはその和訳を読みながら、「こんな偉そうなこと私には言えない」と言う謙遜な人も居るだろうが、人生70年以上生きる間にはどんな人でもこの歌詞全てではなくても、自分を重ねることが出来る部分があるだろうと思う。

頭の部分は
「And now the end is near and so I face the final curtain ……(今、終わりに近づこうとしている。僕は最後の幕と向き合う……)」。
しかし布施明が中島潤の訳詞で歌っている歌詞は
「今、船出が近づくその時に……」
となって、人によっては出発の歌だと勘違いしてしまう。

英語は一つの四分音符に言葉を載せて意味を重ねることが出来るが、日本語では難しい。従って音符を重視すると訳詞は直訳とはかけ離れたものになってしまう。「沈黙」 「あ うん の呼吸」などが重視される国の言葉と、議論を戦わすことが重要な言葉とは生い立ちが異なる。よってこの歌は英語のままで理解して心に沈めて置きたいと思う。

そのうえで終活としてピアノでの弾き語りを完成させますと、この場で公言して自分にプレッシャーを掛けます。過去にもっといくつかの簡単な歌でトライしたが納得できるまで進まなかったので(笑)

きっかけは、お店を閉店して時間があり、たまたま自宅にピアノがある。COVID19でカラオケに出かけるのは躊躇してしまう。それ以上に最近感動させられたニュースがあった。ピアノの経験など全くない、楽譜も読めない佐賀県在住の50歳を過ぎた漁師さんがリストの「ラ カンパネラ」を1年かけて弾きこなせるようになり、あちこちから演奏依頼が来ているとのこと。超絶技巧のこの曲は、地元のピアノの先生でも弾きこなせる人はごく少数だろうと思う。それに比べたら「My way」の伴奏など赤ん坊のようなものである。要はやる気の問題だけだと思ったこと。

納得いくまでトライして、動画にしようと思う。家族も見ないかもしれない動画でも、音痴のくせに一生歌うことを愛した一人の男の生き様として残したい。そして80歳を過ぎても元気でいられたら、NHKのど自慢予選にこの曲で3度目の挑戦が出来たらと思っている。

『和訳』
今、終わりに近づこうとしている。私は最後の幕と向き合う。
友よ、はっきり言おう、確信していることを言っておきたい。
満ち足りた人生だ、あらゆる人生の岐路を私は旅した。
でもそれ以上に私はやってきた。自分のやり方で。

私にも後悔したことが少しはある、話すほどでもない。でもやるべきことはやってきた。逃げることもなしに私は直視した。
自分の進むべき道に計画を立てた。横道でも歩調を乱さなかった。
でもそれ以上に私はやってきた。私のやり方で。

私にも時代があった。分かるだろう。力量以上のことにも手を出した。
だが不安があってもやり通してきた。受け入れてから負けを認めた。
いつも堂々と立ち向かってきた。自分のやり方で。

恋したこともある。笑いも涙もあった。喪失感も経験した。
今は涙もどこかへ消え去って、全てが楽しい思い出だ。
自分のやってきた道を思い返してみる。物怖じなんかしなかった。そんなの自分らしくない。自分らしくやった。

何を得てきたんだろう。自分以外のものは何も得ていない。思うままのことを言えばいい。借り物の言葉ならば使う必要はない。
振り返ればいつだって闘ってきた。 自分のやり方で……。

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