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(詩)満ち足りた人生

満ち足りた人生 

休日の午後
いつもの喫茶店で
読書にも飽き
外の雨が上がるのを待っている

目の前のカップには
コーヒーが半分入っている
砂糖を入れてかき混ぜても
見た目は何も変わらない

こういう無為な時間は良くない
つい昔を振り返って感傷的になる

初めて喫茶店でコーヒーを飲んだのは中学の時
親に連れられて入ったのだが
家で飲むインスタントとの違いに驚いたものだった
あの頃 世界は魔法のような驚異に満ちていた

だが成長するにつれて
世界は輝きを失っていった
勉強もそこそこできたが
これといった取り柄もなく
どんなにもがいても
一番なりたくない「平凡な一市民」に
否応なく変貌していくことを
止めることはできなかった

目の前のカップは依然として半分
さらにミルクを入れてみる
ほんの少し嵩が増したが
まだまだ一杯には程遠い

仕事 家庭 趣味……
いろいろなことに手を出してみたが
満ち足りた人生にはほど遠い
もう人生の折り返し地点も過ぎた
これからは失う一方だろう

ため息をつきながら
カップを持ち上げると
ぬるくなったコーヒーの表面から
微かな香気が立ち上っているのに気づく

カップの中には
コーヒーと砂糖とミルクが半分ほど
でもそれだけではない
目に見えない香りが
カップの隙間を満たし 溢れ出ている

その香りを静かに吸いながら
目を閉じて考えた
おれの人生にも
隙間を埋める
目に見えないものがあるはずだ

目を開けて外を見ると
雨が都会の余白を埋めていた

コーヒーをひとくち啜る
それはほろ苦く
そして甘かった

(MY DEAR 333号投稿作)

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