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【曲からチャレンジ】君の想い出

最近少し働き詰めだったか。
構ってあげられなかったし。
当然といえば当然だけれど。

去年は韓国。その前はグアム。
更にその前は新婚旅行でハワイ。
毎年、妻の綾と二人で海外旅行に行っていた。

だけど今年は綾は友だちと行くらしい。

「いってらっしゃい」
「優(ゆう)くんも少しは休むのよ。気をつけてね」
「ああ、行ってくるよ。綾も気をつけて。お土産待ってるよ」
「うん。行ってくるね」

一方は仕事。もう一方はバカンスに向けて。
お互いがお互いを気にしながら玄関先でお見送り。

綾が去った部屋。2LDK。
テレビにソファにカップボード。
見回してみると結構ガランとしている。
今流行りのシンプルとかミニマムと呼ぶのだろうか。

そんなシンプルな部屋に、人が1人いないと思うだけで全く違う部屋に居るような錯覚さえ覚える。

「いってきます」

誰もいない部屋なのに、いつもの癖で声が出てしまう。

明日は綾が帰ってくる日だ。
俺は相変わらず朝から夜遅くまで働いている。
やはり少しも休めなかった。それと少し頭が痛い。

だから今日は少しだけ早く仕事を切り上げた。
自分への労いとして駅前のコンビニで500mlの発泡酒を一本、それと缶詰とホットスナックを適当に買って帰宅した。

ピロン🎶

綾からの連絡だ。
天候不良で帰りの便が遅れるようだ。

ピロン🎶

「はいはい、1回で分かるって。食べさせて・・・ん?」

画面には懐かしい名前。
連絡帳からも記憶からも消さなきゃと思っていたけど出来なかった人。

[久しぶり。優、今何してる?]

何をしているか、か。
正しく言えば、なんとも質素な晩酌を始めようとしているのだが、そんな事を聞きたいわけでもないだろう。

[久しぶり。怜(れい)は元気?
 俺は今は何もしてないよ。どうした?]、そう返事した。

🎶[じゃあ、今飲んでるから飲みに来ない?ぁ、奥さんが許さないか]

[奥さんは今、旅行に行ってるから俺一人]、思わず本当の事を返事してしまった。

🎶[じゃあ、来れたらスモーキーミントで]

本当の事を言ってしまった手前、断る理由を無くしてしまった。

それとスモーキーミントの懐かしさに心動いた。

いや、本当に店が懐かしいのか、怜が懐かしいのかはわからなかったが。

とにかくすぐに着替えて電車に飛び乗った。

「優、久しぶりー!」「ああ、急にどうしたの?」
「良いじゃん、たまには」

何かが気に食わなかったのか怜はむくれた。でもその顔も4年前に別れた時以上に大人びて一層可愛く見えた。

それから乾杯をして、昔話に花を咲かせた。

ちょうど二十歳の頃、俺たちは付き合っていた。

スモーキーミントのマスターも俺たち二人が並んでいる様子がやけに懐かしいらしい。ドリンクを1杯ずつご馳走してくれた。

二人とも段々酔いが回ってきて、最近の怜の恋愛話になった。

掻い摘んで言うと、怜は俺と別れた後、何人かと交際したみたいだけど長続きしないらしい。

「ねえ、カラオケ行かない?久しぶりに優の歌、聞かせてよ」

俺は腕時計にチラと目をやる。終電まであと2時間弱。二人のカラオケなら十分な時間か。

「俺、終電で帰るからね」「当たり前じゃん」

そう言って近くのカラオケへ行った。
部屋に案内されると早速飲み放題のドリンクを注文。

それとあの頃よく歌った曲を選択して転送。

「あー、大きい声で歌うと気持ちいいわ」

久しぶりのカラオケだったから時々音程を外したりしながらだったけど楽しんだ。

ソファの端と端に分かれて座っている怜は、懐かしむ様子で聞き入っていた。

怜はあんまり歌わないから、日頃のストレス発散を兼ねて俺ばかりが歌った。

暫くすると部屋の電話が鳴る。

🎶[まもなく終了5分前ですが、延長しますか?]

腕時計に目をやり、そろそろかと思って立ち上がる。

「延長でお願いします」怜は勝手に延長していた。

「俺、帰るよ?」
「優、もう少し、ダメ?」



それからは始発が動き出すまでの間、カラオケルームで二人でテレビ画面を眺めてみたりして過ごした。ソファの端と端に分かれて居たはずなのに、いつの間にか隣どうしで肌が触れ合う距離に肩を並べて。

怜が手を握ってくる。俺も握り返す。

店を出ると流れ出した街。
白み始めた空ともうすぐ終わる夜。
二人並んで歩道橋から見つめる。

あの時、未来の話しをすると、「大人になるのが少し怖い」そう言っていつもはぐらかされた。そんな怜の顔は俺よりもずっとずっと大人びているように見えていたけれど。

あの時、言えなかった言葉。言っていたら今頃どうなっていたのだろうか。違う未来を歩いていたのか。結局今と同じか。それとも。

先を歩く背中を見つめ感傷に浸っていると、着信が鳴る。


🎶[ようやく帰りの飛行機に乗るよ]


そうだ、今日は綾が帰ってくる日だ。

気がつくと駅には発車のベルが鳴り響いていた。
俺は焦って電車に飛び乗る。

扉の向こう。ゆっくりと遠ざかる君に手を振った。


忘れかけてた君の想い出にさよなら。


おわり

ゆず「始発列車」

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