20分で出来ること


今日は書きたい文章がある。WBCの興奮の熱をもってしてだ。別の文書は別の自分が提出するべきものであるから、この場所には書けない、しかしながらこの場所で書いた三日間の続きを今日も書いて明日に繋げたい。その感情のままにタイマーを20分に設定した。

何もできない。テストなら20/45分。なんだって出来る。サッカーなら20/45分。

いつだって押し事に邁進したいと思う自分は、確かにあるはずだけれど心の贅肉に隠れて表面に割れでてこない。声が聴きたい、とどれだけの時間思い続けていられるのだろう。忘れてしまうまでの時間はシステムを以て測ることが出来るのだろうか。

なんかchat GPT(が僕の最新覚えてる界隈用語)でなんだって出来るらしいな、を聴いている。プログラム組んでくれるなら、宿題やってくれるなら、この文章書いてくれるならと羅列していって、「でもそれを僕がやんないなんて生きる意味を奪われるようなもんじゃん」がでてくるまで、自己細分化したら、ずっとそれのために生きれたら良いね、ってなる。

好きな作家さんに「終わりの意思」を伝えられた。10年後同じようには活動していないだろう、程度の文章だったけれど、私も同じように期限付きで活動を図ることが出来るだろうか。

GPTに、小説のタグを分類する拡張機能のような類を作って貰うという気概が今出てきた。残り、10分。

タイムアタック形式で進められたものは、基本クソだというのがMCUフェーズ4の感想を語る動画での切り口で、その面でDCEUを統括するジェームズガンは十分な時間とアイデアを脚本家に与えることで素晴らしい作品になるとまとめた。実現するまでに何年かかるか見通しのつかない事柄に経営陣は首を縦に振るだろうか、映画大好きポンポさん、だ。

有限すぎな時間を、無闇に使うのは僕の常だった。25歳は人生の半分が終わってるようなもので、それでいて半分も残ってやがる。長い長い一夜も長い長い一戦も、寝たら一瞬で儚くなる。

素晴らしいものは、夢想としたクソであって、現実として捻出した課題とこの文章の方が100倍マシだという姿勢を今はとるけれども。素晴らしいものは、素晴らしいままに時を越えるのであると、本当の本当は信じ込んでいるから、いじめっ子のように不貞腐れて天邪鬼を繰り返すのだ。

残り4分、君のことをもっと知りたい。僕が1人でできることは儚く、僕が何が出来るのか、看板を提げるのかを訴えるのはあまりにも向いていなく思う。それでも過去から訴えて今しかないと訴えて未来はないと訴えているのだ。君と架電線で繋がることが出来るのだろうか、空の下、あと1分、僕の言葉を以て、目をもって、手を持って、足を以て、心を保って、あかく[加筆、ここで時間いっぱい]

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