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鎌倉市・見廻り隊3(妙本寺)

 鎌倉駅から徒歩で約10分、日蓮宗のお寺・妙本寺です。1203年、北条時政に暗殺された比企能員(ひきよしかず)、その能員の子・能本が屋敷跡に一族の弔いのため妙本寺を建立しました。
 この妙本寺を託されたのが日朗。日郎は、元寇から日本を救った一人と師の日蓮や御家人から「筑後殿」と呼ばれました。此処から「日朗門流」は「比企谷門流」とも呼ばれます。古都らしく静かで落ち着ける境内ですが、海棠の咲く春は賑わい多くの文豪も訪れました。

「海棠に反魂香(はんごんこう)の煙かな」・正岡子規
小川が孫の源義家に譲った鎌倉。上総介千葉秀胤の遺児・日朗。正岡子規の海棠の上句、「合縁奇縁」とはこの事か、妙本寺にこの句が相応しい。
時宜にかなう伊藤左千夫の詠む鎌倉は、
「元の使者既に斬られて鎌倉の山の草木も鳴り震ひけん」

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