胸ポケットのローズマリー

朝10時くらい。
白いポロシャツのおじいちゃんが鳥居をくぐる。

ゆっくり、不思議そうに中庭へ。
丸テーブルの手前のベンチに腰かける。
3分くらいお庭を眺めた後で立ち上がる。

「ここはお店かなんかなの?」
そう聞くおじいちゃんは、表町1丁目の方の老人ホームからやってきたらしい。
ここがあるのは知らなかった、という。
「意外と地元の人でも知らないスポット」なのかもしれない。

「この鳥居は昔からあって残ってるものなんですよ」
「はあ~~!これはこのままがええわ。変に色塗ったりして新しくしたらあかん」

このままでいい。この鳥居の存在をそう、言ってくれた。

今は倉庫と化しているお肉屋さんの名残の冷蔵庫も、
鳥居から刺繍屋さんに向かった石の通路も。

「この草の感じがええわ」

「ここはね、ハーブがたくさん植わってるんですよ」
「はあ~~~ハーブ!」

ミントを摘み、おじいちゃんの鼻先へ差し出す。

「ええ匂い。まあ~~」
「これはお茶にせなあかんわ」
そのままポロシャツのポケットに何枚かミントをイン。

「ローズマリーもあるんですよ」
そう言うと、ローズマリーも胸ポケットの中へイン。
ポッケからちょこっと出たローズマリーが、というよりかは、ローズマリーをお土産にポッケの中に入れたおじいちゃんが、なんとも愛おしかった。

紫陽花は日陰の方がきれいに咲くこと。
自分は94歳であること。
私の祖母が80歳だというと、そんなのはまだまだ若いということ、を教えてくれた。
「まだまだやわ」らしい。

「また散歩に来るわ」と言って
東の方へまたゆっくり、小さい歩幅で歩いて行った。

通りすがりのおじいちゃんもちょっと一息ついてゆっくりできるような場所。
「いてもいいんだ」と思える雰囲気。
ちょっと寄ってみようか、と思える場所にしていきたい。

より一層思った、もう夏の朝だった。


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