何でもできるに変換すると

私は特にできないと思い込んでいたことが
多いと自分でも思う。あれもこれも
何もかもが散らかり、中途半端に終わることが
よくあったから、だからこそ
何ができるのか、は良くわからなかったし
『やりたい』『挑戦したい』があっても
中々手を伸ばすことが出来なかったり。

できること、それが良くわからなかった。
何ができたのだろう。
そればかりが頭にちらついてた、ずっと。

アナログでばかりの私には無理かも

紙に書くことはデジタルとは真反対。
紙に書くことが頭に残るんだから
デジタルなんてダメ、そんな縛りすら
自分で勝手に作っていた、言葉を前に出すことも
覚えないで、デジタルを嫌がって。
だけど、家にいる期間が長くなり
自身でも勉強を再開して、ようやく

目が覚めたのかもしれない。
言葉は前に出してこそ意味がある。

そんな当たり前を忘れていた。
人は一人で生きていけるほど強くない。
当たり前をすっ飛ばして何を一人前に
デジタルなんてダメ、と言い切ってきたのか。
どちらも尊重すればいいのだ。

出来る、は自身の中の勇気から

 

ほんの一瞬勇気をもてば、何だって出来るんだ。
できることを増やしていった先に
今の私以上の私がいる、そう感じている。