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足利で好きな場所~関東平野一望~


千葉は台地

知らなかったよ~足利から関東平野を見渡せるなんて~
昨年まで暮らしていた千葉には、台地があって、緩やかな坂道はそこかしこにあった。子どものころ、友達の家に遊びに行くのに町名が変わるような距離の移動となると、自転車を断ちこぎして、坂を上り切るのが当たり前だった。それほど、私が暮らしていた千葉県内の町は高低差も少なく、緩やかな勾配の坂が多かった。

足利は3方向が山に囲まれている

ところ変わり、2023年4月から、単身赴任で栃木県の足利に移り住んでみると、市内の北側は、ほぼ山が連なっている。北側の山は、100〜400mほどの山だけれど、その奥に連なる山々は、3月のこの時期であっても白く雪が積もってそびえている。足利市内を移動するにも、急こう配の坂道や、道幅の狭い山中を抜け、峠がある。雪が降れば、危険なので通行止めになる。

東に筑波山を望む

関東平野一望の体験

ここまで千葉と足利の地理的違いを描いている私は今、実は足利の自然にのめりこんでいる。初の足利で迎える冬の感動は、澄み切った青空と広大な関東平野を一望できることを知ったことだった。
青空が広がる冬の見晴らしがいい日は、決まって強風が雲を吹き飛ばしてくれるので気温は上がらない。確かに寒い。しかし、目に飛び込む関東平野は、
「これぞ関東平野だ。じっくり眺めて、自然の脅威を感じろ。」
と、私に言っているようだ。

大岩山展望台からの首都圏

自然が語るのを感じる日々

千葉の江戸川の近くで川遊びをして育ち、成田空港周辺の台地しか知らない私が、栃木県の大岩山の頂や織姫公園から、広大に広がる関東平野とはるかかなたには、富士山を望み、自然と一体している時間を楽しんでいる。そして、写真を撮って過ごしている。

筑波山、スカイツリー、新宿のビル街、秩父の山々の稜線上に、冠雪した富士山、榛名山、赤城山を鑑賞し、裾野には人々が暮らす平野が見えて、そこには密集する街並みと人の生きている証を感じる。なんとも尊いものを見ている気がした。
はるか昔、人々は定住などせず、狩猟採集していた時代から、農耕をすることを始め、定住し今私が見ているこの眼下の世界が作り上げられたのだと思った。日本の歴史と文化が一望できるこの場所が、心地よく、美しいものを見せてくれる。

富士山

休日となれば、朝目覚めたら、自宅マンションから、空の青さと透明感を、富士山の輪郭がぼやけているか、鮮明かを確かめ、くっきりと望め、霞がかからないことを確認したら、向かうところは決めている。
大岩山展望台からの関東平野を照らす太陽が、東から登るのを見に行く。関東平野に密集する建物、木々に生命が宿り、色彩を取り戻し輝いていく過程を眺めている。
幸せな時間がある。太陽が登ると、反射する素材が点在していて、一様に金色の輝きを放つ。

太陽が万物に命を吹きこみ、精霊は地球を守っているのではないかと思う。

2021年の山火事から3年 

住めば都~過去と日々に感謝~

一年間旅ではなく、定住してみると、どこに住もうが、その土地、その街の文化や歴史を感じずにはいられない。
住む場所はどこでもいいし、出会う人の優しさに触れ、生かされているのは確かだと思う。
ありがたいことだ。
これまで関わった方々、今この居住地でであった人々、この土地の自然にありがとうと思い今日も過ごしています。
まだまだ探索していないところもたくさんあり、これからも知らないことを知る、日々を続けていきます。


田崎早雲 富嶽図 円形154.0cm 明治時代

※最後に、足利から富士山を望むことができると知ったのは、「田崎早雲」の水墨画との出会いだった。早雲は、富士を望遠鏡を使い観察し、自分の目にしたその感覚を忠実に描き出そうと筆を走らせていたと聞く。
雄大な富士は、現代の私にも、見るたびに感動と畏敬の念を感じさせてくれている。

2024.3.17(日)
MILK



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