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何読んでるんですか?何読んでると思いますか?


、、、何読んでるんですか?


右側から声がした。
私に聞かれてるとは思ってなかったので、一度スルーしていたようだ。


黒いスクウェア型のメガネをかけたビジネスマン、重そうなリュック、パソコンも入っていそう。向かい側の椅子に置いている。
魚の塩焼き定食が乗っていたトレーはすっかり平らげられていた。骨が残っていた。


本好きなんですね。
、、いつも来られてますよね。


私には全く心当たりのない顔だった。
知らないうちに何度かバッティングしていたみたいだ。


東に向かっていった町にある昼呑みからのれんを提げてる居酒屋。
ランチ使いする人もいるし、週末の昼下がりはジョッキを傾けているグループもいるチェーン店だ。
女ひとりで食事していても不自然さはないと思い、月に1〜2回、1年以上通っている。


まずは自分のペースで飲める瓶ビールではじめる。
あては普段口にしないもの、手に取らない食材の料理を頼む。
串カツ、板わさ、枝豆、ポテトサラダ、馬刺し、揚げ出し豆腐などなど。


婚家では氷をはった深い鉢に5センチ角に割った豆腐を放って食卓に出す。
それぞれの箸を差し入れて豆腐を挟んで取り、各自好きな薬味でいただく。
涼しい演出がおしゃれでいいなと思ったのも束の間、程なく義父のねぶり箸を目撃してしまった。もちろんそのまま箸で豆腐をすくいあげていた。

勧められたが、あまり好きではなくて、、とお得意の嘘を。何回めの嘘だろう。

きれいとは言い難い義父の箸づかいは、好き嫌いがほとんどなかった私に、苦手な食べ物を増やしていってくれた。

冷や奴は家では食べない。
そうめんやざるそばも同じ。
大皿に盛ったサラダや天ぷら、鉄板や鍋を囲むのも。食べるふりをしてる。人数が多いので誰も私に気を配らないのは幸いだった。

2杯目は焼酎のお湯割り、日本酒、ハイボール、など気分に合わせて注文している。


風が冷たいな、というときは麦焼酎のお湯割りをちびちびと。


汗ばむ陽気になって来たら冷えた枡酒をオーダーしたり。


ほわわんと体が浮くような沸点に昇っていったら、しばらくは本から目を逸らして、ぼーっと壁に貼られたメニューを眺めて過ごすのが好きだ。


その隙間に入って来た。隙間を作ってるつもりはなかったのに。


質問に答えようかな。答えずに微笑むだけにしようかな。


私は2人掛けのテーブル席で、壁側の座席に荷物を置いて、店内に背中を向ける形で腰を下ろしていた。
従業員さんや店内にいる人に、なんとなく見覚えのある顔だなと思われないように、、。


スクウェア君は右の2人掛けのテーブル席に、同じく壁に向かう形で座っている。


3〜4人で来店したときには、この2つのテーブルをくっつけて、グループ席に出来るような設えだ。


しばらく迷った。
スクウェア君のメガネとその奥の細い目を5秒ほど見て、やおら目を逸らした。
一度本に目を落として、もう一度徐々にスクウェア君に顔を向けた。



一度目をあわせる。

5秒、目を見る。そのときは真顔。

ゆっくり目を逸らして、横顔か下を向いた顔か、角度のついた顔を相手に見せる。

そのためにマツエクしてるかもしれない。

もう一度相手を見るときは、最大限にゆっくり。

タメにタメて、じれったいくらいのタメ。

そうすれば、相手は顔を見たくてたまらなくなる。

最後は口角をあげただけの申し訳程度の笑顔。


何の本、読んでると思います?


隙間に入ってきたのなら。
その隙間に落としてあげようかな。

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