銭湯の心得
他の原稿に掛かり切りだったもので、えらく更新が遅れました。
その中、ストレスに命を彫刻刀で削られ続ける私の唯一の救いが、銭湯でありました。暖かい湯に浸かると、羊水に漂う胎児のごとく安らぎの心持ちで失禁しそうになりますが、いつも鍛えられた強靭な骨盤底筋のおかげで一度も粗相する事なく今日を迎えております。
ということでという訳ではありませんが、今回は銭湯のマナーについて書いてみたいと思います。
銭湯というのは言わずもがな、強烈な公共の場です。全くの他人が裸になり同じ湯に浸かり垢を落とす。裸一貫これだけ他人と密な時間を過ごすという行為は、他にはセックスしか思い当たりません。
銭湯へ行くと、基本的なマナーについてはポスターなどで嫌という程注意喚起されています。これは絶対的な禁忌です。大人であれば出来て当たり前、出来なきゃ来るな滑って転べ頭から血を出せ人間やめろです。そして、侵すとしかるべき制裁が待っております。
おばちゃんから。
銭湯にいらっしゃる方は、創業当時から毎日通っているという人が珍しくありません。年期の入った社会の良心、常識と他者に対する敬いを教えてくれる存在の方が多数おられます。そして、今でも湯を浴びるという目的だけでなく、情報交換や近所のなじみとのコミュニケーションをする社交場として使われております。電車や公園という公共場では多少見過ごされる節度のなさは、ここでは容赦なく恫喝されます。
しかし、怯えることはありません。悪かったなら心から謝れば良いのです。人生どんな場合でも問題解決は至ってシンプルであります。
以前、私が銭湯で体を洗っておりますと、2人組の女性が入って来て、深湯で二人向き合い抱き合ってクルクルと回り始めました。それだけならまだギリセーフなのですが、長い髪を二人とも湯船に浸しているのです。アウト!重鎮のおばちゃんの目が光りました。浴室に怒号が響きます。その二人は強い語気で注意されると、逆切れして同じ調子で言い返しました。おばちゃんは、湯船のお湯をタライでぶっかけます。女子二人も負けじとお湯を掛けます。水掛け論ってこういうことかと、私が恐怖におののき妙な悟りを開いていると、女子二人は負けて退散して行きました。しかしまぁ、裸で喧嘩の場に立ち会うのは、生身ですから恐怖はことの外膨大でした。
おばちゃんが何かに敗北するという構図は、人類の歴史上ありえないのです。若い女子二人はもう、現れることはないでしょう。自らの過ちを認められない人は、楽しく湯に浸かるという人生の喜びを一つ失います。
では、私の初めての銭湯へ行く際の、入浴スタイルを紹介します。たいしたことは書いていませんが。
私は、初めての銭湯へ行く時は、微笑みを絶やさないということを心がけています。まず、私は敵ではありませんよと顔面で表現致します。裸ん坊なので、自身のアイデンティティーを表す物はそれしかありません。常連の方々や、込み合った時に邪魔にならない端のロッカーを選び、速やかに服を脱ぎ、銭湯グッズを小脇に抱えます。
そして次に、自然な視線で他の方の入浴スタイルを見ます。マナーは同じとはいえ、地域などで微妙に違ったりもするので冷静に状況判断です。浴室内装をキョロキョロと見渡すのはOKです。そうする事により、新参者であるという事もアピール出来、使い方など戸惑っていると、常連さんなどが声をかけて下さったりします。
掛け湯で入っても良いとされていますが、初心者は念には念を、体と髪の毛は湯船に入る前に洗います。そして、髪の毛は絶対に湯船に浸からないように、高い位置で結びます。後れ毛にも注意です。
私はタオルで隠したりは致しません。持ち歩くと、ウッカリ湯船に落としたりと安心してお風呂を楽しむ事が出来ないもので。体を洗った後、自分の持ち込んだグッズは、広げず洗面台などの端にまとめて置いておきます。
そして、極楽タイム。思う存分指の皮をシワシワにし、肌をツヤツヤにしましょう。
上がるときは、体を洗ったタオルなどで水気を拭き取ります。
帰りは番台にお礼を。
日本人に脈々と受け継がれる、慎ましい気質を思い起こし銭湯ライフを楽しんで下さい。
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