みきなかむら/伊勢御師旅 369コーチング シャンバラ カミシバラーミキ
みきなかむらプロフィール(リノベ中)
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みきなかむらプロフィール(リノベ中)

1960年三重県伊勢市に生まれる。

「ミキの細道」

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声に出して読むと美しい日本語です。
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 月日は百代の過客にして、
(つきひは ひゃくだいのかきゃくにして)
行かふ年も又旅人也。
(ゆきかうとしもまた たびびとなり)
舟の上に生涯をうかべ*
(ふねのうえにしょうがいをうかべ)
馬の口とらえて
(うまのくちとらえて)
老をむかふる物は、
(おいをむあふるものは)
日々旅にして、旅を栖とす。
(ひびたびにして たびをすみかとす)
「松尾芭蕉 奥の細道 序文より」
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小学校3年生の夏休み
母親が私に無理やり暗記させようとしたこの一文。
母親はいろいろと押し付けてきたりガミガミ
非常にうざかったがwww.この一文だけは刺さりました。
その時にあたしの人生のテーマは決まりました。

世界を自由に
日々旅にして旅を住みかとす。


日々旅を夢想し 
数年後から始まる
ワールドツアーの臨場感が
日に日に高まっています。
世界のすべての大陸をくまなく
10年かけてちんたら巡る
グレイトフルジャーニー
が始まります。

これはあたしだけの旅ではなく
あたしにかかわってくれた
すべての人の夢と憧れや希望や夢や
喜び悲しみまでをもエネルギーに
変換して全部ひっくるめて
バラバラになった世界を
もう一度つなぎ戻しに行く旅です。
ピープルユナイト!^^)

世界を縫い合わせる旅にでます。
分断された世界をもう一度
縫い合わせる旅
世界中でバラバラになった
人とひとのこころを縫い合わせるのですわ。


なーんて大げさですが^^☆彡
それくらいのビッグ風呂敷広げて
その中に紙芝居包んで
世界の果てまで
地球のドサ周りに

出発します。
どんな細道小道も
くまなく世界一周します。

あたくしは紙芝居の
パフォーマーも
やっておりますので
世界各地で紙芝居を上演しながら
いろいろなところで
世界のみなさんと交流して
その様子を世界中に発信してゆきます。

もちろんその様子は
このプロフィールみている
みなさまにもライブ配信してますわ。



ただいまそのグレィティストジャーニーの
絶賛準備が始まったばかり!^^☆彡です。
梅干し干したりwwww.
どんな準備してるかは
またここにもUPするけど

アメブロ 
FACEBOOK 
インスタinstagram
オンラインのお店もやっています。
Ψwebshop shanbaraΨ
みきなかむら公式LINEアカウント
https://lin.ee/sKCBm2z
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「過去からの旅路」

DSC04098 のコピー

奥の細道に感銘をうけた
小学校3年生のあたし
切符を買って電車にのり旅に出ました。
その長い旅は今も未来も続いています。
その旅は
10歳にとっては厳しい旅になりました。

乳母日傘でそだったあたしは
のほほんとした幸福な幼年時代を過ごしました。

ところが悲劇は突然。
10歳のある雨の土曜日の夜に 
家庭は崩壊したのです。

毎週土曜日夜8時コント55号の
お笑い番組を楽しみに見ていました。

欽ちゃんのギャグと笑い声の隣で
両親の口論が始まり
やがて火のついたよう燃え盛る
大げんかに発展して、
罵声と悲鳴が交差し
父は母を部屋の奥に追い詰め殴りました。

テレビではお笑い番組
眼の前では父母の修羅場
外は大雨


なんだか映画のワンシーンみたいな展開に
妙に冷静になっているあたしがいました。

父はサントリーレッドのウイスキーの瓶を
つかむとそのまま雨の中を
車で出てゆきそれっきり
かえって来ませんでした。
そのつかんだ手を今で覚えています。

テレビからは欽ちゃんのギャグにお客さんがどっと笑い
眼の前では母親がおいおいと号泣して
あたしは こういう時どうしたらいいのだろう。・・・・

「お母さん 泣かないで」と、
お母さんを抱きしめるのだろうか?
でもなんでこうなった?^^;)(コント55号のギャグ)
世界はシュールだ。喜劇と悲劇が同時進行だ。(-_-;)
(なんて言語化できなかったけど不思議な状況だなって思ってた)

その時名案を思い付いた!
そうだ!泣こう!

そして
あたしのこころは40年以上泣いていた。
両親を恨んでた。
いろいろ嫌いだった。嫌だった。
ステージ4の駐厨二病(-_-;)
つい最近まで。数年前まで。

それがや~~~と
過去のエンタメになった。^^

それまで誰にも話ができなかったが
やっとフツーに話せるようになった。
そしたら、別にどこにでもある
夫婦喧嘩やん。って。
それをタイガーホーストラウマに仕立て上げて
まんまと傷ついたインナーチャイルドが
あたしの中に のさばっていたのよ。


でも最近分かった。
これはトラウマとかじゃなくて
それはどこかで両親に甘えていたんだ。
両親のせいにしておけば
あたしのうじうじした決められない
行動できない 逃げてばっかり
そんな性格を
親のせい、という風に仕立て上げてた。

実はめちゃめちゃ
引っ込み思案でいやだったの。
死にたいくらい。
マジ死にたかった。


「脱自分」

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そのころ仲良しの友達が海で死にました。
死ぬってなんだろう。
あの世への旅にあこがれるようになりました。

死というものにとても興味がありました。

死は甘美な誘惑として
心のカーテンの奥からときどき顔を出して
おいでおいでをするのでした。
死の世界は
不可思議であり
憧れであり
絶望であり
救いでもありました。

実際に行動を起こす勇気がなかったのでしたけど
この町も家も親も学校もなにもかも
陳腐でダサくて汚くて嫌だった。
と当時の厨二病的に言えばそんな感じ。^^☆彡
でも
死ぬのはこわい。。。。
そうだ!
自殺する代わりに旅に出よう
17才のころに自炊用具と寝袋と着替えを詰めて
家をでて国道まで歩いてそこで親指たてて
ヒッチハイクを始めました。

グレイトフルジャーニー

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ヒッチハイクで北海道を回りました。
旅で会う人はみな自由で対等でした。
高校をやめて旅してる16歳。
アメリカ帰りのフーテン。
インド帰りの聖者。
自転車やバイクの旅人たち。
駅で寝袋を広げ、
安いゴードーの焼酎を飲んで
アルバイトして 
広い北海道を歩きました。

そこで本物の人たちに
あったような気がしました。
自分の求めていた
生活がそこにありました。

でもまだまだ
彼らのようになれない自分がいました。
もっと変わりたい。
もっと新しい自分になりたい。
もっと自由になりたい。

そうだインドに行こう!
インドに行けば変われるかも?

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1980年、まだ圧倒的に団体旅行が
主流で個人で海外へ行くなんて
珍しかった時代、
ドキドキしながら
大阪空港を飛び立ちました。
初めての飛行機 初めて海外旅行
最初の日はずっと緊張しましたが

最初のネパールの朝日を浴びながら
屋上レストランでチャイとパンを食べたとき
ふつふつと沸き上がってくる
歓喜に似た想いがありました。

日本から完全に切り離された!
ぼくはユーラシア大陸のど真ん中にいる!
これからどこへ行ってなにをしようと
すべて自由だ!


本当におおきな自由を手に入れた感動で
心の中で
何回もバンザイ!^^☆彡を叫び
打上花火が鳴り響きました。
ネパール、インド、スリランカ、モルジブ、タイ
と7か月巡りました。
価値観も習慣も宗教もなにもかも違いましたが
ここでやっと一皮だけ剥けました。
最初の目論見通りに
変われた自分もいました。が
そうそう人間、簡単に変われるものでは
ありませんでした。
日本に戻るとまた圧倒的な無力感に苛まされて

伊勢にいるのも嫌になってまた
東京に行きました。

東京の安いアパートで
アルバイトを転々としながら
暮らしていました。
頭の中はいつも旅のことでした。
海外に行きたい、行きたい。と
そればかり思っていました。

「海外で働く」

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そんなある日、伊勢で海外で真珠を売る仕事の
アシスタントを募集している。と聞いて 
渡りに船とソッコー面接に行って
2か月後にアパートを引き払い
シンガポールで働くことになりました。
結局3年くらい
シンガポール、マレーシア、バンコク、香港
で働きました。
休みの期間は
インドやインドネシアやスペインを旅しました。
たまに日本に帰ってきて
東京や伊勢で遊んでいました。

このころは飛行機がバスのように感じて
どこにも好きなところに行ける感覚でした。

その後真珠屋は倒産。
あたしは友達と組んで
アジアの雑貨を日本で売る商売を始めました。
1980年代の後半、日本がバブルに浮かれていた時代でした。
日本ではやっとフリーマーケットの文化が始まったころでした。
アジアを旅しながら商品を仕入れ
フリーマーケットで売りました。
めちゃくちゃ売れました。

30歳の時に伊勢でお店をすることになりました。
あたしは寅さんみたいに一生フリーマーケットで
生活してゆく、って当時は思っていたのですが、
当時のパートナーがどうしても店をやる。と言うので
嫌々(笑)店を開店しました。
そこでまた運命が変わったのです。





エスニック衣料雑貨 シャンバラ
まさかそのお店が30年以上続くとは
思ってもみませんでした。
それでも年に6回くらい
アジアに出かけてゆきいろいろなモノを
仕入れました。
仕入れでインドネパールタイバリ島に
通算100往復以上しました。
お店を始めて

家族もできて
長い旅に出ることはなくなりました。

それでも一年に通算一ヵ月くらいは
海外で過ごしていました。



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森のまつり

そのころから
商売ばっかりやっているのも嫌で
なにか別のことをやりたくなってきました。
そうだ、音楽イベントをやりたい!
って昔から思っていたの。
やろうっと!そんなノリで

2000年ころ40歳の頃に
音楽イベントを始めたの。
と言っても知識も経験も
田舎でそんなことをやっている人も
いなかったし、
全く何もないところから始めたの。
当時はまだ民族音楽とか
今よりもずっとマイナーな音楽だったし
フェスみたいなのも全然なかった。


伊勢の山奥の公民館を借り切って
200-300人規模のイベントを毎年やりました。
そのほかにもあちこちで
小さなライブを企画したりしていました。
10年間で5000人以上動員しました。

あたしは民族音楽のライブイベントがしたい。
と思って探したら
だんだんとその輪が広がって行ったの。

でもイベント主催ってめちゃくちゃ大変なの。
会場設定 ステージ 進行 宣伝 営業 
交渉 駐車場 デザイン
全部一人でやってたから
苦行?^^☆彡みたいだった。

本番になると酔っ払いにステージジャックされたり
いろいろなトラブルが次々と発生して
ステージを楽しむどころじゃなかった。
終わったらヘトヘト


イベント主催者はめちゃくちゃ大変なのに
出演者はめちゃくちゃ楽しそう!
みなさんすごく楽しそうに 自分を表現なさっている。

いいなー!うらやましい!あたしも表現したい!
出演者になりたい!って思って
自分には何ができるだろう?って
10分くらい考えた結果^^

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カミシバラーミキ


紙芝居なら一人で出来てハードルが低そうと思い、
2010年から
オリジナル創作紙芝居パフォーマー
カミシバラーミキナカムラ
として活動を開始しました。


紙芝居のイメージをぶち壊す
地球46億年、原発、民話、ホラー、ナンセンス、パロディ
ギャグ、など幅広すぎるジャンルの話を制作。


全国主要都市のいろいろな場所で公演。
10年間で
総公演数600回 動員数10,000人以上。


600人の大ホール ライブハウス 
お寺神社教会 学校 ショップ 
病院 お祭り テレビ塔 民家 温泉 
たくさんのミュージシャンともコラボ。


ふくしま 保養キャンプ2011

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2011年東日本大震災がおきた時、 
福島の親子20組を地元伊勢に招待して
保養してもらう
民間プロジェクトの代表として
ボランティア活動も行いました。
これもめちゃくちゃ大変だったけど
音楽イベントの経験が役に経ったわ。
震災からすぐに活動を開始して
2か月で寄付金150万円を集めました。

看取り

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2018年に母親が脳出血で倒れ 
自宅にて延命治療を外し
(医師の指導の下)看取る。
殺しているのでは・・・
という葛藤を抱きながら
最後の3週間を過ごしましたわ。
40年以上母親をずっと嫌いだったけれど
最後の三週間で愛と尊敬に変わったの。
このことはまたいつかお話ししたいわ。

そしてパンデミックが始まった。
2020年2月ぎりぎりに
タイに行ったのが最後です。
そしてシャンバラの
海外仕入れも出来なくなりました。
イベントも激減
カミシバラーとしての活動も
激減しちゃいました。

あまりどこにも行けないけど
旅がしたいと想い

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伊勢路上探索会Another side of Ise-cityという
伊勢のスピリチュアルスポットツアーの仕事をスタートしました。
伊勢だけあって、まだまだ知られていない
秘密スポットがたくさんあるのです。
そこにお客さんを案内するツアーガイドをやっています。

誰かの話を聴くのがすきで
人気カウンセラーに個人的に
師事しカウンセリングを学びました。

2021年カウンセラー/コーチャーとしての
キャリアをスタートさせました。
1回2時間の有料セッションを70人以上行う。
今は有名なオリンピックコーチ マークシューベルトにも
指導を受けたメンターのもとで
コーチングとビジネスを学んでいます。


現在のお仕事 WORK

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カウンセラー counselor  
         ハッピーライフへと漕ぎ出しましょう

 ●路上探索家   earthdiver  
                               深く美しい場所 闇の美しさをたずねます

 ●カミシバラー  kamisivalor  
                                オリジナルの紙芝居を作って上演しています

 シャンバラ   shanbara  
         お洋服や雑貨を売っています。主にオンライン

 ●あるる館     Arlequin  みきなかむらの発進基地 

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みきなかむら/伊勢御師旅 369コーチング シャンバラ カミシバラーミキ
4つの仕事を横断的にこなしながら、自由に優雅に軽やかにハッピーを振りまいて生きています☆彡