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アートにエールを!公式サイト舞踊部門で再生回数1600回を越えたマサオプション「5年後の我々へ」の、 創作の種の話。
この記事を開いてくださって、誠にありがとうございます。
マサオプションという、言葉と身体表現のパフォーマンスを行うユニットの主宰をしています、
美木マサオと申します。
マサオプションとしては初の映像作品、
「5年後の我々へ」がありがたい事に再生回数1500回を越えました。
https://cheerforart.jp/detail/3496
自粛中に作ったこの作品。
作品の書き出しはこう始まります。
「こんにちは
そっちはどうですか?
何をしているのだろうか
お元気ですか
今は
2020年5月のとある1日です。
空には
大きなクジラがいます。」
テキストでは、2020年5月、と言ってますが、
ホントに撮影したの2020年7月。
もうだいぶ世の中が動き出しての事でした。
空飛ぶクジラというファンタジーも混ぜつつ、リアルと虚構の間を曖昧に描こうと思いました。
これは5年後の自分たちに宛てた手紙。
そもそもなんでこんな作品を作ろうと思ったかのきっかけの一つに、東日本大震災があります。
2011年の3/11、ボクはちっちゃいパフォーマンスの稽古で経堂あたりにいました。
その瞬間も稽古場で踊っていた。
何が起きたのか、理解するのに時間がかかった。
窓から見えるクレーン車は大きく大きく揺れていた。
街中が騒然となり、携帯の小さい画面で津波の画像を見ていた。
連絡は取れなくて、交通機関がダメになった事もわかった。
すぐに妻とお腹の子の事を考えて怖くてたまらなくなった。息子が生まれる3ヶ月前の事だった。
こんなにも連絡が取れない事が苦しいのか。
幸い、彼女たちはボクの実家の近くにいて、
ひとまずは帰宅困難で困る事はないとわかって安心した。
あの日の事はたくさん覚えている事がある。
でもどうだろう。
ボクらは3/12に何時に起きたかを覚えていない。
ボクらは3/13に何を食べたかを覚えていない。
あの時、1日1日と感じる事がたくさんあったはずなのに。
この感触や匂いを忘れてはいけない、と思っていたはずなのに。
2020年の3/11。
そんな事を思ってじんわり悲しくなった。
今日だってこんなに切実な事が日々起きてるというのに、その記憶もいずれ消えていくのか。
コロナでゆっくりと時間を過ごしながら、今の気持ちを手紙に記そうと思った。
今日、何があったのか。
とっても個人的でミニマムな事を残そうと思った。
何食べたとか、ジョギングしてたら変な形の雲があったとか、家にツバメが入ってきたとか。
5年後の自分が知りたい事をしたためようと思った。
彼に伝えておきたい些細な事を今のボクの言葉で伝えようと。
そのためには、5年後の世界がどうなっていて、自分の生活や価値観がどう変わっているかを想像しなければ書けないなと思った。
ちゃんと仕事はうまくいってるだろうか。
世界は何を失い、何を得ているのだろうか。
14歳になる息子には愛されているだろうか。
そうやって考えてみたら、これからの5年をもう一つ、強く優しく生きていこうと思った。
5年後をしっかりと想像したら、不思議と少し、未来への怖さが減った。
作品として残してみようと思った。
こんなヘンテコな感覚でも、同じように怖さが減る人がいたらいいな。
そんな淡い期待。
実際に5年後に答え合わせをするのを心待ちにしている。今日は9/23。
もし良ければ動画もご覧になってくださいませ^ ^
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