「余白」について考えてみる。

私は、「余白」と「ほわっと」な心で、人生や子育てを笑顔でできる人が1人でも増え、1人でも多く、少しでも多くの幸せを見つけられる人が増えてほしいなと思っています。


さて、ところで、「余白」とはなんでしょうか。
何も書かれていない部分の空白のことを指す言葉ですが、では、余白がないことなどありえるのでしょうか?
余白が無ければ文字は書けないし、絵も見えない。
だけれども、人生において、とくに子育てしている方は、余白を埋めよう埋めようとしているように見えます。
仕事で忙しくしている人も同じです。

もしかしたら、余白があることが怖いのかもしれません。
何もしていない時間、
誰ともいない時間、
育児以外のことをする時間、
忙しくすることで、自分への肯定感を作ろうとしている、かもしれません。

しかし、
それでは他のステキな物事が入る隙間がありません。
だから、隙間に無理矢理何かを入れようとして、問題がこじれていく。
ステキな物事が来ても、入る隙間がないので、機会を逃し、何も成長しないまま歳を重ねていく。

私は、それが一番怖かったです。
自分が成長しないまま歳を重ねているのではないかと。
だからこそら忙しくして、
そうすると、さらに何も入らなくなって、
身体だけは疲れていって
知らないうちに、心はヘトヘトになっている。

そこから抜け出したい

そう思い、

さまざまなことを考えたり実践したりした中で
見つけたこと
それは

わたしには、
余白が足りなかったんだ。

ということ。



まだまだ余白は足りませんが、
少しずつ余白を見つける作業をしていくと
わたしにとって、
どんな事が余白になり得るのか、がわかってきました。



もしかしたら、私と同じように
余白を見つけられなくて苦しんでいる人がいるかもしれない。
そんな人に向けて、何か少しでも余白を見つけるお手伝いができたらと思い、noteを更新しています。

明日以降も、また
余白を見つけるお手伝いができるよう、
noteを更新していきます。


では、またあした。




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