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「百姓は生かさず殺さず」は現代の労働者にも通じるのか

「百姓は生かさず殺さず」とは、江戸幕府をひらいた徳川家康の言葉として伝えられている。
年貢の取り立てに関するもので、
・死んでしまうほど厳しくしない
・余力が出て豊かになるようなゆとりを持たせない
を意識したものと言われている。
この言葉を考えて、ふと、現代の労働者も同じではないかと考えた。

賃金は低く上がらない。
生活できないわけではないが余力はない。
そして、働き続ける。
多少の不満は持ちつつも、大きな反発を示すことはない。
そして資本家の富を生産している。

現代の労働者たちが、江戸時代の農民・百姓と同じく、搾取される存在でよいのだろうか。

江戸時代に生きた武士たちは、自ら進んで厳しい労働に従事していたわけではない。
幕府からの命令や強制があったわけでもない。
彼らは自らの意思で、過酷な労働に耐えていた。
その背景には、彼らの誇りと意地がある。
現代人の多くは、自分の仕事にプライドを持っているだろうか? 自分がやっている仕事は価値があると信じられているだろうか? もしそうだとしたら、それはとても幸せなことだ。
しかし、多くの日本人が持っているはずの矜持がないとしたら……。
あるいは、それを捨て去らなくてはならない状況に置かれているとしたら……。
私は今、そんなことを考えている。
さて、本題に戻ろう。
私がこのエッセイで伝えたいことは、資本主義社会における人間の価値についてだ。
『金』という絶対的な価値観に支配された世界において、人間はどのように生きるべきか。
それを探ることが、私の目的である。
そのためにまず、資本主義社会の基本的な構造を理解しておく必要がある。
資本主義経済を理解するためには、経済学を学ぶのが一番手っ取り早いだろう。
そこで今回は、経済学の基礎となる考え方を紹介することにする。
【マルクス】
彼は18世紀のフランスで活躍した思想家であり経済学者である。
彼の思想は19世紀を通じてヨーロッパ中に広まり、近代資本主義を生み出した原動力となった。
また、20世紀には共産主義革命の指導者となり、ソビエト連邦の礎を築いた人物でもある。
そんな彼が書いた本の中に、こんな一節がある。
「貨幣というものは、それが持つ本質的な機能によってのみ価値が決まる」
つまり、お金の本質とは何かを問う言葉だ。
これは、現在の私たちの常識からはかけ離れた考えのように感じるかもしれない。
だが、実はこれこそが資本主義の基本中の基本なのだ。
なぜならば、私たちはこれまでずっと、お金を物々交換の代替品だと捉えてきたからだ。
例えば、リンゴ1個とみかん10個を交換するとしよう。
このとき、両者は等価ではない。
なぜなら、リンゴには重さがあり、みかんには形があるからだ。
ここで問題なのは、両者の価値が同じかどうかではなく、どちらをより多く支払うかということだ。
つまり、私たちにとって重要なのは、リンゴの価値ではなく、リンゴを買うことで得られる利益のほうなのである。
では、仮にリンゴに重さがなかったらどうだろうか? この場合もやはり、両者の間に価値の差は存在しないことになる。
リンゴを売る側は、相手が欲しているものを提供する代わりに、自分が得られる利益を得るのである。
このように、本来お金とはモノの交換のために生み出されたものである。
しかし、現代ではお金自体に価値があると考えられているため、このような概念は忘れられてしまっている。
だから、お金を使うときに損をしたような気分になってしまうのだ。
資本主義の本質を知るために、まずはお金の本質を見てみよう。
そして次に、お金の本質を理解した上で、現代の資本主義が抱えている問題を考察していきたい。
次回から本格的に、資本主義社会における人間の在り方について書いていく予定だ。
前回までの内容を踏まえて、これからさらに深いところまで掘り下げていくつもりだ。
ただし、今回の内容はやや抽象的だったように感じたので、もっと分かりやすく噛み砕いて説明したいと思う。
そのためには、現代人が資本主義に対して抱いている感情について触れなければならないだろう。

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