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3.妖霧

 妖霧《ようむ》とは、隕石が生み出す不可思議な現象の一つだ。

 世界中に落ちた隕石の欠片はヒトの手に渡り解析がなされた。結果、錆色をした表面の金属部を剥ぐと琥珀色に輝く玉となることが解り、類稀な宝飾品として世界中に広まった。

 しかしそれ以上に驚くべき性質が明らかとなる。石は水に浸すやいなや、それを瞬時に沸騰させる効力があったのだ。それ故、瞬く間に石炭に変わり文明を支える資材として世界で重用されるようになっていった。

 しかし……沸騰させた際に生じる水蒸気に異変が起こる場合がある。という事実は暫く目を背けられ、隠蔽され続けてきた……。

 その事実が公的に認められたのは、何十年も経った後だ。水に溶けた煥攬石《カンランセキ》が再結晶化し、ヒトの強い思念に当てられることで石を核とし霧が異形をとり、仇なす時があるのだ。

 妖《あやかし》がまとう高熱の蒸気で、一度襲われれば命に関わることもある。意志を持つ厄介な霧のあやかし。「妖霧《ようむ》」という名で世に知られる頃にはすでに、ヒトは煥攬石《カンランセキ》無しの生活が成りたたなくっていた。

 とはいえ、核さえ抉《えぐ》り砕けば、妖は雲散霧消し倒せる。発生する件数もそれほど多くない。
 
 各国は退治を主な役割とする治安部隊を持つようになった。それを盾に異を唱える少数派の意見を抑え込み、200年経った今でも世界はこの石を重用し続けている。

 この島を支配する帝都もそうだ。十数年前までは、世界に名を轟かす優秀な掃討部隊を持っていた。「あの事件」が起きるまでは。しかし今は専門の民間企業に委託する場合が殆どだ。

 ……実は自分もそういう仕事を請け負い、生活費を稼いでいる口なのだけれど。

 妖霧は泉から出現したらしい。白くたなびく霧の痕跡が木立の隙間に僅かに残っている。

 空地の真上で機体を停止し、今まさにヒトに襲いかかろうとしている妖霧を見下ろす。航空眼鏡《ゴーグル》を額に上げ思わず息を呑む。

 大きい……!

 小さな民家程ある大型の妖霧。話に聞いてはいたが、これ程の大きさの物を見るのは初めてだ……。

 空地の中心で塒《とぐろ》を巻き、鎌首もたげヒトを威嚇している。ちろちろと細い二枚舌が出入りする度、しゅうしゅうと音を立て真っ白な蒸気が裂けた口から立ち上る。

 先ほどの巨大な彫刻が頭をよぎる。真っ白な蒸気の蛇……。

 今であれば己の体温も上昇している。奴に突っ込みすれ違いざまに核を拐い握り壊すとするか。

 まずは核の場所を探らねば。奴の全身をくまなく凝視する。しかし……無い。結晶化した煥攬石《カンランセキ》が無いなど……!?

 焦り逸る心を必死に抑えつつ、奴の身体をくまなく見回す。

 核に定位置はない。個体によりけりでどれも巧妙に隠されている。ヒトであれば探すのに間がかかり、致命傷を負うことが多い。

 しかし煥攬石《カンランセキ》を食する自分は、共鳴効果か核の場所が光って見える。いつも通り倒せるものとタカを括っていたが、まさかこのようなことが……。

 予想だにしなかった現象に、手を出せずこまねくこちらを大蛇が首を上げ仰ぎ見た。

――しまった! 

 心内を見透かされた。蛇が身を屈《かが》め縮こまる。こちらが手を出せぬと知り、ヒトに飛びかかるつもりか。遅れをとったか……!? いや、しかしまだ機はある!

 操舵《ハンドル》から右手を外し支柱に取り付けていたを飴行燈《キャンディランタン》を外す。燃料の供給が絶え、羽の回転が不規則となり機体がふらつき降下を始める。左手を操舵《ハンドル》にかけ半身を乗り出し、着地点にあたりをつけ……機体から身を踊らせる!

 蛇とヒトの間に着地し、立ち上がりしな背後をちらと振り返る。ヒトは2人いるようだ。

 一人は背が高く筋肉質な体型の男。亜麻色の髪を無造作にまとめ、猛禽類の如く鋭く光る瞳は青。この島のヒトではない。藍色絣模様の着物を着ながし、雨など降っておらぬのに手に大きく真っ赤な唐傘を構えている。

 その影にさらに一人。線の細い墨色の長髪の年若い男。唐傘の男より背は低い。白いシャツに鼠色の洋装の上着を羽織り、薄い硝子の眼鏡を掛け、大男の背後に身を隠している。

「貴方達のような「ヒト」に手に負えるものでは無い。この場から逃げ、身を隠していて」

「なんだこのクソガキは? 邪魔だ、危ねえからすっこんでろ!」

 危ないのはそちらだろう。命を助けに来てやったのに「クソガキ」とは言ってくれる。だが言い合いをしている暇はない。

 煩い男を無視し、左手にした行燈《ランタン》を妖霧へと突き出した。上蓋の中心にある回転螺子《ナット》に右の指を乗せ目を閉じ、今まさに身体に溜まっている熱を指に集める様を強くイメージする。直に己の右掌が燃えるかのような熱を放ち、それを感知した行燈《ランタン》が唸りを上げる稼働を始めた。

 直後。背後に操者を無くしたキックボードが鈍い音をたて落下した。

 それを合図に大蛇が蒸気を蒔き散らし顎骨を外した。裂けた口を開き、間合いを詰めてくる。いやに光る牙が二本、闇夜にくっきりと浮かび上がる。収縮させた全身の筋肉を発条《ばね》のように弾きこちらへ襲いかかる。

 己の頭部に牙がかかる寸前、行燈《ランタン》が起動した。

 上部の換気口《ベンチレーター》が寸尺開き、巻き起る風が髪を舞い上げる。凶悪な唸りを上げ、内部の翼が回り、生み出された吸引力が辺りの空気を瞬時に吸い込んだ。

 蛇の牙先が行燈《ランタン》に喰まれる。

 色を失った妖霧は逃れようと宙をのた打つが、牙、舌、そして顔……と蛇は頭部から順に行燈《ランタン》のまれてゆく。身の毛のよだつ吸引音と共に、蛇はあっという間に腹まで飲まれた。

 霧の一部をこれに喰われ、抜け出した妖霧を見たことがない。かなりの大きさだったが奴はこれで終いだ。

 ヒトの胴体ほどある尾の先が一度、ぶるりと揺れ、完全に吸い込まれた。妖霧が発する熱が消え、回転翼は止まり、蓋がかちりと音を立てしまる。

 後は捉えた核が火袋に一粒、落ちてくるはずだったのたが。

 甲高い音と共に、硝子作りの火袋の中に突如、しゃらしゃらと細かい砂の雨が降り注ぐ。まさか故障? 思わず高く掲げ中を覗き込み、砂状の煥攬石《カンランセキ》を見とめ首をかしげた。これは一体どういう……?

「おい」

 背後から沸き立つ有無も言わさぬ怒声と殺気。仕方なく行燈《ランタン》から顔を上げ後を振り返った。
 
 言わずもがな、声の主は先の大男のようだ。その男の横で、洒落た服の若い男も言葉なくじっとこちらを伺っている。
 とりあえずヒト2名の無事を頭からつま先まで視線を這わし確認する。怪我はない。気に食わない男だが母の言いつけ通りヒトは守れた。不意に笑みが溢れる。無事とならば、次はこちらが要求を通す番だ。丁度いい。私は右手を差し出した。

「二人分で20万。大物だけど、正式な依頼や契約はなかったから、これ位が妥当でしょう」
「はぁあ!? 何を言いやがる!! 馬鹿にしやがって」

 大男がいきり立ち、憎憎しげに底光る青い目でこ睨みながら怒鳴った。馬鹿に? そのようなつもりはなかったが、何か気に障っただろうか。

「自分は妖霧を倒し、その報酬で生計を立てている。貴方達の命を救ったのだから支払いは当然の責務では?」

「集《たか》ろうってのか!? そもそもお前のようなガキの助けなど要るかよ! 俺一人でも倒せたんだ!」

 男の傘を見る。それでどうやって? 迷いごとを。

「核がなかったのに?」
「そんなこたあ百も承知だ!」

 売り言葉に買い言葉。男はもしかすると倒せるのかもしれぬが、先程の蛇を男は倒してない。倒したのは自分だ。

「待ってくれ。君はなぜ今の妖霧に核がないと言うことがわかった……?」

 背の高い男の横に視線を移した。縁の無い眼鏡をかけたもう1人の男が、大男を制しこちらに問うている。


――邪魔が入ったか……。時を稼がねば……。


 声? 男の問いを聞き流し、再度神経を研ぎ澄ます。どこから? 溜池から? いや、さらに奥の出島の社あたりか……。

「声がする。妖霧はまだいる。支払いは残る一匹を始末した後で構わない。ここで待ってて」

 飽きずに罵声を浴びせる大男を後に、横倒しのキックボードを起こし、行燈《ランタン》を支柱に取り付ける。火袋が琥珀色に光ると一粒、動力部に石が補給され回転翼《プロペラ》が回転を始めた。羽が張り出すや否や機体に飛び乗り、操舵《ハンドル》を強く握りしめる。機体が宙に舞い上がる。

「待て! なんで支払う前提なんだ! まだ話は終わってねぇぞ!」

 怒号が足下から聞こえる。その挙動を年若い男が止め、こちらを見上げた。大男は話にならぬが、年若い男の方は交渉の余地がありそうだ。兎に角、急ぎ始末して交渉を続けたい。

ーーうまくいけば着物も買い替えられるかもしれない。

 彼らを一瞥し航空眼鏡《ゴーグル》を下ろす。泉の社を目指して操舵《ハンドル》を切った。

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読んだり書いたりするのが好きです。複数サイトに小説を投稿しています。 ツイッターの代わりに使ってみようかな〜と思い、試しに書いてみました。
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