コロナ禍で見たもの:独白と呪詛

「コロナ禍」と呼ばれる混乱がはじまってから一年以上が経った。

多くの人が人生を振り回されたであろうが、私も例外ではない。むしろこの災厄をある意味では「中心」から見ていた。

この苦しみと失望に満ちた一年を振り返り、呪詛を吐きながらこの感情を供養したいと思う。


私はしがない一公務員で、感染症関連の部署にいる。この言葉の指す意味はただちにわかってもらえるだろう。コロナウイルスが流行りはじめた昨年の4月頃から急激に業務は膨大化した。数か月後には心身共に疲れ果て、適応障害になった。

コロナウイルスは当初、未知のウイルスであったことから多大な恐怖を人々に植え付けていたように思う。私自身、不安だった。

しかし、彼らがウイルスを恐れる以上に、私は人間が恐ろしくなっていった。


当初のパニックから一年近くの間は、市民から保健所への問い合わせが殺到した。多くは感染した人の住所や名前を公開すべきといったものだった。個人情報は教えられないと言うと、ご意見(罵声)を頂戴した。不安な気持ちは一市民として当然理解できるし、できることなら彼らの要望に寄り添いたい気持ちもある(よく忘れられるが、公務員もひとりの人間だ)。しかし、それ以上に個人情報やプライバシーは人権として絶対的に守られるべきものであることは言うまでもない。

PCR検査を無料で受けたいという声もたくさん届いた。国の方針や基準に合致しなければ受けられないという言葉を僕は気がおかしくなるくらい何度も話した。私は専門職でもなければ、全体を俯瞰できる立場でもなかったのでこういった声の是非を正確に評価はできない。ただ、彼らが私のことを人殺しのように扱い(あるいは直接そう言い)、声を荒げて非難する感情までは理解できなかった。

しばらく経つと、次はコロナ患者やその家族から怒られるようになった。連絡が遅い、書類を早く作れ、どれそれの対応は間違っている…etc
その怒りの種類は多様だった。

国や保健所が完璧だなんて全く思っていないし擁護する気も別にない。
しかし、私は自らの責任を全うしようと必死ではあったと思う。電話対応の傍らで積み上がっていく膨大な事務仕事を横目に見ながら、自らの良心と公務員としての責務に従った。期待に添えないことのほうが遥かに多かったが、彼らに不利益を与えたくてやっていたことなどひとつもない。
だが、そんな内心は伝わるはずもなく、日々罵詈雑言を引き受けていた。私は薄情で、人殺しの、税金泥棒なのだろうか。

電話で罵倒や罵声を受け終え、定時を過ぎて呼出音が鳴らなくなると、手つかずの事務作業に取りかかる。そんな日々を繰り返している内に自分は何のために、誰のために頑張っているのかわからなくなっていった。

罵倒にも慣れ、頭が冷静に働くようになると、人間はこんなに醜くて恐ろしいものなのか、と思うようになった。こんなに他者に残酷になれるものなのか、とも思った。この感情を解く術は私にはなかった。むしろ時が経つほど私の心に深く染み付き、確信に変わっていってしまった。「人間は野蛮で醜い存在である」と。

適応障害になりながらも、同じ業務を騙し騙し行っていたが、今年のはじめに限界がきた。
全く出勤できなくなった。

直接的な理由はなかった。

ある時、業務量の多さを課長に相談した。とくに何もしてもらえなかったが、仕方がなかったのだろう。「みんな大変だから」。

事務職の応援職員が付かなかった時、「見捨てられた」と思った。
(ついたとしても派遣社員かアルバイトである。彼らは彼らで想像以上の低賃金で大変な業務に従事しており同情する。市民から税金の無駄遣いと言われることを何よりも恐れる役所では普通の光景であるが。)

残業制限の診断書を提出していたが、業務が終わらず残業していても係長も課長も見て見ぬふりだった。余裕がなくて気がついていないんだと思うことにした。

自分よりも年齢も職位も上の同僚が定時に帰っていくのは見えなかったことにした。

他部署からの応援は調整が難航して決定するまでに随分とかかった。業務説明をすると、不遜な態度で文句を言われた。
結局私の業務に応援はつかなかった。

年度末、人事評価は下がっていた。適応障害になって病休を取り、復帰後は同僚と仕事を割り振り私の方は軽減してもらっていた。だからだろう。
半年間ひとりだけで死にそうになりながら業務を行っていたことは忘れ去られていた。

そして、すべてがどうでもよくなった。
役人の下らない組織論を見せつけられ、関わるすべての人から嫌われる業務をこのまま続けていくのは私からしたら無理な話だった。

2月から半年間休んだ。
今は少しずつ復帰しているが、特別な理由もなく朝身体が動かず出勤できなくなることがある。
一度壊れたものは二度と戻ることはない。

→次:「コロナ禍で見たもの:支配と言語」

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