クリスマスの満月どん兵衛
ちょっちょさんの「15年後の満月どん兵衛」から少し先のお話。
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今日はいよいよクリスマス。
わたしは一人、学校の帰り道を歩いていた。
あたりはすっかり暗くなってしまっている。
肌寒い夜。
家に帰ったら、パパとママ、それから弟も待っている。
今日は家族でクリスマスパーティーの日。
パパはいつもジャージ姿で、ギターとかハーモニカを演奏する。
演奏するのは、いつも決まってクリスマスソングだ。
それから、毎年かならずクリスマスには、家族みんなでどん兵衛だ。
もちろん、チキンもケーキもあるけれど、何故かどん兵衛も一緒なのだ。
パパとママは、この日はお互いにニコニコしながらどん兵衛を食べている。
「ねぇ、その新しいどん兵衛、美味しい?」
「ああ、美味しいよ。少し食べてみる?」
「うん。食べてみる。私のも食べていいよ。」
「うん。美味しいね。」
「えへへ。」
「あはは。」
これが毎年の事だった。
わたしはいつも、そんなパパとママの姿を見ては、なんだかこっぱずかしい気持ちになっていた。
「まったくおあつい事で…。」
…別に、羨ましいだなんて思ってないんだから。
わたしにとってのクリスマスなんて、大した事はない。
道行く先には、手を繋いだカップルがみな思い思いに大好きな人との時間を過ごしている。
わたしはちょっとだけ寂しくなった。
そしてふと、アイツの顔が浮かんだ。
ピアノを弾いてたアイツ。
夜のコンビニで、「気をつけろよ」と声をかけてきたアイツ。
いや、なんでもない、なんでもないよ。
なんでアイツの顔が浮かぶわけ?
別にわたしは、アイツの事を好きなわけじゃない、ただちょっと気になって…。
えっ?あれ、これってもしかして恋なのかな?
いやいや、わたしに限ってそんなことはない。
わたしは自分の顔がだんだんとほてっていくのを感じた。
「やだ、好きじゃない、好きじゃないんだから。アイツの事…。」
なんだか急に恥ずかしくなり、わたしは足早に歩き出した。
ふと例の…、前にアイツと会ったコンビニが目に入った。
「家に買い置きがいっぱいあるけれど、この前はどん兵衛買いそびれちゃったから、今日は買って帰ろうかな。」
何の気なしにコンビニに入り、わたしはカップ麺の棚の前に行った。
「あっ。今日はプレミアムどん兵衛置いてない。」
少しがっかりして棚の前に立ち尽くしていると、ふと後ろから声が聞こえた。
「お前、またこんな時間にコンビニ来てるのかよ。」
…アイツだ、アイツの声だ。
「仕方ないじゃん。部活で遅くなっちゃったんだもん。」
わたしの胸は、もはやバクバクしっぱなしだ。
どうしよう、バレたらどうしよう。
アイツに聞こえちゃうよ。
「お前んち、みんなどん兵衛好きだよな。」
「パパとママが好きなの。私は別に…。」
どうしてパパとママが、どん兵衛にこだわっているのかは、いまだによくわからない。
「今日は、パパとママにどん兵衛を買っていってあげようと思って。
だけど、プレミアムどん兵衛、売り切れちゃってた。」
次の瞬間、アイツが私の横に並んだ。
「これ、この鬼かき揚げ天ぷらうどんって、気にならねぇ?」
どうしよう、どうしよう、超至近距離だよ。
「そっ、そうだね!今日はこれを買ってこうかな!!」
わたしは急いで棚に手を伸ばす。
もう恥ずかしいよ、やばいよ。
瞬間、彼も棚に手を伸ばしかけていたらしい。
お互いの手がそっと触れあう。
「あっ!」
「あっ!ごめん。
おっ、俺もどん兵衛買っていこうかと思って。」
アイツは気まずそうに下を向いている。
やばい、やばいって。
これはサンタさんのプレゼントなのかな。
「とっ、とにかくわたし、どん兵衛買ってくるから!!」
わたしはすぐさまレジに向かった。
手が触れあうとか、最高じゃん。
もう心臓バクバクじゃん。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ。」
コンビニでどん兵衛を買ったわたしは、そのままの勢いでコンビニを出てしまった。
なんだかアイツとへんな感じの別れ方になっちゃったな。
いやいや、気にしない、気にしない。
はやく家に帰らなきゃ!
わたしが歩き出そうとしたその時だった。
また後ろからアイツの声が聞こえた。
「おい!待てよ!!」
「なっ、なによ。」
「おっ、俺が何のためにどん兵衛買ったと思ってるんだよ。」
「えっ?」
「その、つまり、俺は…その…。」
アイツの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「おっ!俺と一緒にどん兵衛を食べてください!!」
「は?」
今日はクリスマス。
空にはまんまるお月様。
満月のようにまぁるいどん兵衛は、どうやら様々なドラマを運んできてくれるらしい。
パパのバランスボールも、毎年家族でプレゼントしあう手袋も、みんなどん兵衛が関わってるんだろうなぁ…。
だってわたしも…。
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ちょっちょさんの『15年後の満月どん兵衛』はこちら。
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