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高齢の母が1型糖尿病を宣告されました

母(80歳オーバー)が1型糖尿病になりました。

1型糖尿病は原因も不明、完治も無いという絶望的な病気だという事を私はこのとき初めて知りました。ただ、血糖をコントロールするためにインスリン注射を死ぬまでうち続ければ、勉強も仕事も運動もできるということも知りました。

このような書き方をしているのは、私の気持ちの中での衝撃と折り合いを素直に表してみたので、当事者の方からすると不快な表現となっていることと思います。すみません。

でも今の私としては、インスリンを打てばいいんだ、という短絡的な楽観的なそして合理的な考えしかありません。もちろん血糖を測定することも理解しましたし、それを毎食+1回が基本で、それ以外にも血糖値の高い低いで対応しなければいけないことも理解済みです。

もちろん当事者ではないからこその考えだということも。

問題は母です。
80歳を超えている母にしてみれば、とても酷なことだということはわかっています。しかし、母は今思考停止してしまっているのです。

・完治しない
・死ぬまであの痛そうな注射を打ち続けている姿を考えるだけでぞっとする
・なんでこんなのことになったのか
・若いころから散々苦労して(嫁姑問題)、怪我や病気もたくさんやってきてまた病気

というネガティブ思考が頭を占めてしまっており、お医者さんの言葉も看護師さんの言葉も家族の言葉も届きません。
たぶん、悲劇のヒロイン真っ只中です。
家族なのにひどいと思われるでしょうか、世間にはもっとひどい状況や病気で苦労している方を知っている私としては、自分が一番不幸アピールをしているとしか見えないのです。
何故そう考えるかというと、私も気が付かないうちにやりがちだからです。

そう、母はかなり強めの発達障害なのです。統合失調症もあると私は思っています。

自分の興味のある(欲している)言葉しか聞き入れません。何なら捏造します。

コロナワクチン接種をするしないという時もそうでした。いつも見てもらっている先生が「〇〇さん(母)はうたないほうがいい」と言っていたから、私は打たない!と言ってワクチン接種を拒否しました。母は基礎疾患も持っていませんし、先生に伺ってもそんな言い方はしていない、打ちたくないなら打たなくていいよ(医者からは本人の同意なしに無理には出来ませんからね)ぐらいのニュアンスだったのに。

そういったご都合主義なところが過分にあります。

ただ病気に関する情報を得る機会が、母にはほぼ無いと言ってもいい点はあります。スマホも持っていませんし、ましてやPCなど触ったこともないでしょう。高齢になり本を買うにも借りるにも体力がいりますし、読書するのも大変なようです。

それに1型の糖尿病患者数は非常に少ないと数値が出てていますが、その通りで母の周りのお友達や親せきには一人もいません。
だけど、2型の糖尿病の方は多くいらっしゃるので、「うちの夫も糖尿病だったけど、薬を飲まず食生活を治して1か月で完治した」などという、母にとっては最も欲しい言葉を言ってくれるお友達の話を信じてしまいます。

お友達に悪気はないのは知っています。むしろ善意で言ってくれていると信じています。(ちょっと宗教がらみなので私は引いてみていますが)
しかし私としては、
治らない病気を治ると言って欲しくない!
インシュリンを注射しないほうがいいなんて、何様なの?医者でもないくせに!責任も取らないのに!

と言いたいところをぐっと我慢し、「食生活は大事だからねー」と母のお友達を攻撃しないようにしています。

おかげで現在インスリン注射と血糖測定を拒否しています。

高齢なので判断能力も低下してるでしょう。高齢によるうつ症状もでているせいかもしれません。病気や治療の理解も、情報量が多いので直ぐには無理だろうとも思っています。でもインスリンの注射はもう毎日うたないといけない状態なのです

母はインスリン注射が嫌だと言っているので、私も色々調べてインスリンポンプを検討しましたが、これはデジタル機器に慣れた人でないと出せませんとお医者さんに言われてしまい、残念ながら毎回注射をすることになりました。
では血糖測定だけでも、毎回針で血を出さなくても済むようリブレというデバイスを希望し、パッチ状の物を腕に張り付けておけば、専用デバイスをかざすだけで測定できるものをお願いし、それは処方してもらいました。
これだってランニングコスト高いと思いますが、後期高齢者は1割負担なのでつけてあげられるのです。20代など3割負担であれば、コストの点であきらめる人もいるでしょうに・・・。

それでも拒否します。全て。

ひとり暮らしという点も、ネガティブ思考を加速している原因の一つだとは思っています。
治らない病気を宣告され、一人で夜寝ていると不安に襲われるのではないかなと思います。
姉は隣駅に住んでいますが、バリバリ仕事をしているのでなかなか顔を合わす機会も限られますし、私も他府県にすんでいるので、ちょこちょこ顔を出してあげられる距離ではありませんので、孤独感が強くなってしまっていることでしょう。

時間がかかるとは覚悟していますが、治療は待ってくれないジレンマを、1型糖尿病患者様やご家族の方はどうしていらっしゃるのでしょうか。
たぶんこんな面倒くさい患者はなかなか居ないのでしょうが、これが私の親ですので、何とか生きてもらいたい。

暗中模索といった心境です。


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