三人でコラボカフェに行く話 2
注文を済ませ、料理が運ばれてくるのを待つ。店内で流れる不気味な曲はあそびごやで使われていたBGMだ。
「懐かしいな、この曲」
「ああ、第一面の『助言の部屋』の曲だね」
「あそこから始まったんやな……」
思わず遠い目になる。長い旅やった。
「そういえば、この時サガラ、どこにおったん?」
ちょっとした疑問を口にすると、サガラがきりっとした顔で壁際を指さした。
「ここ!」
「ん?」
「この壁際の隙間!」
そういえば。
第一面の助言の部屋。壁際に耳をすませたら声がした。「逃げて」と。
「あれ、サガラやったんか!」
「そうだよ!」
どやぁん、と鼻を鳴らすサガラ。
なんてええ子なんや。第一面から私を助けようとしてくれてたんやな。
「ありがとう、サガラ」
「ううん、佳代さんが無事でよかった」
優しい。めっちゃ優しい。
横でシダラがぼそりと一言。
「どうせ僕は悪者だよ」
「そうやな」
何を当たり前なこと言ってんねん。
怪訝な目で見ると、シダラがふっ、と笑う。
「佳代ちゃんのそういうところ、嫌いじゃないよ」
乾いた笑いするなや。第一印象と違いすぎる。
はじめは無邪気なサイコパスやと思ってたが、実はとんだ邪気まみれの大人やった。時折やったら疲れたような顔をする。こんな疲れた顔、無邪気にはできん。
あたりを見渡し、目を輝かせるサガラを見る。うん、あれが無邪気。
「お待たせしました」
店員さんが運んできてくれたのは、私が頼んだいちご大福と、サガラの頼んだタコ焼き、それから、シダラのタピオカドリンク。そして、綺麗に並べられた三つの黒い手、もといい、チョロQ。
シダラがおもむろにその三つを自分の手元に並べ、一斉に後退させ、私の方へそれを放つ。
「GO☆」
こちらへ寄ってくる黒い手。蘇る第三面。地味にうっとおしかったアレ。
いや、手で止めたらええんやけど、触れたらゲームオーバーな気がして、どうしても触る気になれん。その間にそれはじりじりとこっちらによって来る。
「ちょ、待って。シダラ、これ止めて」
「嫌だね」
すっごいいい笑顔してる。めっちゃ腹立つ!
恐る恐る手を伸ばし、それでも引っ込めてしまう。近寄ってくるなー!
と、ぎりぎりのところで救世主。
「お兄ちゃん。佳代さんのことが好きだからって意地悪するのは良くない」
サガラが、至極真面目な顔で、まっとうなことを言いながら、チョロQ×三を一つずつ回収してくれた。
「ありがと、サガラ」
「ううん、大丈夫だよ」
サガラ、ええ子。
ん? ちょっと待って。シダラ、私のこと好きなん? あ、食べ物としてか。
「やっぱり、皆サガラがいいんだ」
シダラが俯く。
「サガラが生き残って正解だったんだ。僕なんか化け物がお似合いだ」
目を伏せ、そういうシダラ。複雑な気持ちになって、シダラの頭を撫でた。
「今は楽しもう。な?」
きょとん、とした顔を見せた後、シダラが珍しいはにかみ笑いを見せる。
「もちろん」
「よし、じゃあ食べよっか」
と、机に向かうが……。
目の前にあるそれにごくりと息を呑んだ。
いちご大福だ。これはいちご大福だ。そう唱えて視覚情報はそれを拒否する。
あの第一面と第三面に出てきた、赤い目玉のついた豆大福みたいな黒いそれ。白地に赤い顔っぽいのが描いたお皿に乗ってる。う、これ食べるんか……。
「いただきます……」
黒文字を手に取り、恐る恐るそれを二つに切る。目玉の部分に妙な手ごたえがある。ぷちっ、と嫌な音を立てると、そこから赤い液体が流れ出てきた。
「な、なんやこれ」
「僕の血液」
「シダラ、ちょっと黙っとけ」
黒文字を赤い液体で濡らしながら、いちご大福を四つに分けた。中はあんこと普通のいちごだ。やや口に運ぶのは怖いが、思い切って食べてみる。
「!」
見た目に反して美味しい。餅の黒い部分は着色料らしく特に変わった味はしない。目玉から出てきた赤い汁はどうやらいちごジャムだったようだ。あんこといちごの味を邪魔しないちょっと酸味の利いた味。
「美味しかったんだね」
シダラがにこりと笑う。あまりにじーっ、とこちらを見てくるものだから、仕方ない。
「一口あげよっか?」
「いいの?」
「ええよ。はい、あーん」
大福をひとかけら黒文字に刺し、シダラに向ける。なぜかシダラは少しためらいを見せる。困ったように笑った後、ぱくん、と小気味よく一口でそれにかぶりついた。
「美味しいやろ?」
シダラは頷く。そして、一言。
「佳代ちゃん。こんなことするってことは、食べてもいいってことだよね」
背筋がぞわりとした。なぜ食べられる流れに!
全力でそれを否定していると、手からすっと黒文字が抜かれる。サガラがおもむろに手を上げ、店員さんを呼んだ。
「すいません。落としちゃったんで、新しい黒文字ください」
店員さんが快くそれに応える。新しくもらった黒文字をサガラが手渡してくれる。
「佳代さん。お兄ちゃんは肉食系だよ」
「え、知ってるけど」
人肉食べるし。
サガラが眉間に指をあてて唸る。
「えっと、ホントに気を付けてね」
「もちろん。ゲームオーバーなんて御免やからな」
サムズアップすると、サガラが「違う、そうじゃない」と言い、シダラがけらけらと笑った。
ホンマ何?
「ところで、サガラ。そっちの味はどうや?」
「うん、美味しいよ。イカ墨味だね」
サガラが私のお皿の上にタコ焼きを一つ置いた。
「ありがとう。いちご大福、食べる?」
黒文字にいちご大福を刺して、シダラの時と同じように差し出そうとすると、サガラが首を横に振った。
「お兄ちゃんが怖いからいいや」
いや、シダラが怖いのはいつものことやろ。
「じゃあ、ありがたくいただくな」
サガラがくれたタコ焼きを見つめる。やっぱり、ちょっと食欲が減退する。黒の団子みたいなボディにショッキングピンクのソース。
「なあ、シダラ。これ、なんでショッキングピンクなんて色にしたん? もうちょっとええ色あったやろ?」
「黒にショッキングピンクって映えるでしょ?」
「でも、ステージ自体もショッキングピンクやったやん。色かぶって――」
「言わないで」
真顔シダラ。
「途中で気づいたんだけど、色を変える気力はなかったんだ」
「めっちゃメタ話」
「まあ、僕は赤色が好きだからね」
それで誤魔化すなや。
ということで、勇気を出して、タコ焼きを頬張ってみる。
イカ墨の風味、ピンクの着色料のついた普通の味のソース。中はとろっとほどよく半熟。タコも大きくてしっかりしている。
ごくんと呑み込み、一つ頷く。
「うん、美味しい」
「でしょう!」
サガラが嬉しそうに声を上げる。正直、目玉と色のあるサガラは違和感すごいなと思いながら。
シダラが黙っているのでそちらを見ると、なぜか不貞腐れた顔でタピオカを飲んでいる。
「そういえば、そのタピオカの元ネタなんなん? やっぱりシダラの目玉好きから?」
「違うよ。覚えてるかな。あの没になった目玉の連なった化け物」
ぽんっ、と手を打つ。そういえばそんなやつおったな。Twitterでお披露目され、その後、存在しなかったかのように扱われたアレ。
「なんで、あれ没になったん?」
「うまく動かなかったんだよ」
シダラがため息を漏らす。
「なんかカクカクするし、主線を黒で入れてしまったせいで周りから浮くし……。これも直す気力はなかった」
「お疲れさんです」
とりあえず、そう言っとく。
シダラが疲れた顔で赤い目玉を模したタピオカをすすった。それは共食いには入らへんのか?
シダラの視線が、タコ焼きを夢中で食べるサガラで止まった。
「サガラ。顔にソースついてる」
「え、ほんと?」
紙ナプキンで拭こうとしているが、まるで見当違いなところを拭いている。シダラが身を乗り出す。
「じっとしてなよ」
そういって、シダラがサガラの頬のソースを紙ナプキンでぬぐい取った。
あまりに微笑ましい光景に目を細める。
「やっぱり仲ええんやな」
ピシリ、と音が聞こえそうなレベルでシダラの動きが固まった。
「シダラ?」
「ち、違う」
「何が?」
「こ、これは、その、サガラが小さかった時の癖で……」
シダラの顔にがっと血が上る。そして、それを隠すようにシダラは机に突っ伏した。
え? 何? 何が地雷やったん?
サガラはばつが悪そうに言う。
「あのね、お兄ちゃん。ちょっと過保護なところがあって」
思わず目を見開く。
シダラが過保護? いや、でも確かにさっきのは――。
「昔の話だけどね」
寂しそうにサガラは笑った。複雑な兄弟関係だ。胸が痛む。
シダラはまだ、頭を抱え、机に突っ伏し顔を上げない。
「シダラ」
「今はほっといて」
「ええんやで。ブラコンは恥じることやない」
「ブラコンって言わないで」
「大丈夫やって。私もシスコンやから」
「それは知ってる」
シダラが顔を上げ、サガラと声を揃えた。
いや、そんな全力で肯定せんでも。
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