人生半分を過ぎたら退屈なことはいらない

こんにちは、みほらじのMIHOです。

今回は、「人生半分を過ぎたら退屈なことはいらない」というお話です。


音声で聴きたい方はこちらからどうぞ

この「人生半分を過ぎたら退屈なことはいらない」という言葉は、たしか何かの映画(洋画)の予告編で使われていたと思います。

ただ、何の映画だったか覚えてないんです。すみません。

「人生半分を過ぎたら退屈なことはいらない」という言葉自体も正確ではないかもしれませんが、ただ、いい言葉だなーと思って覚えていました。

映画のストーリーはたしか、今まで家庭に尽くしてきた子育てを終えた主婦の話だったと記憶しています。

子どもが巣立って燃え尽き症候群みたいになって、私の人生ってなんだったのかしら?これからの人生どうしましょう?ってなって、自分の好きだったこと、やりたかったことを始め、後半生を生き生きと明るく生きていくというような感じだったと思います。


私も、本当に「人生半分を過ぎたら退屈なことはいらない」と思っています。

今、40才になって、やっと好きなことだけできるようになって充実しているのですが、もう人生折り返し地点ですから、やりたくないことに使ってる時間はないわけですよ。

「人生100年時代」と言われるようになりましたが、100歳まで生きることができたとして、老後元気でいられるのは何歳までかはわからないですよね。

人間の身体だって経年劣化しますから、あちこち不調とかがでてきて、元気にやりたいことができるのは長めに見積もっても80歳くらいまでだと思うんです。だから、40才でもう折り返し地点です。


皆さん、今までの人生を振り返ってみて、

やりたいと思ったことはやってきましたか?

我慢してやりたくないことをやっていたりしませんか?

なんかつまんないなーってなってませんか?


私は、今まで十分がんばったからもういいな、って思ったんです。

いつまでこんなに歯を食いしばって、たいして楽しくもない仕事をがんばらないといけないんだろうって思ったんです。

もちろん仕事は生活をしていくために必要なのですが、やりたくないとか楽しくないとか思う仕事をいつまでやるのか、と。

お金のためとか世間体を気にして定年の65歳まで(定年だってもっと先の70歳くらいになるかもしれないですけど)、たいしてやりたくはないことを生活のためといって我慢したりストレス抱えて働いて、60代になって仕事を辞めて、やっとこれから好きなことができる!って思っても、身体も心も相当衰えてますよね。

やっと好きなことができるようになっても、今と同じだけのエネルギーはないわけですよ。だいたい、それまで生きられるかわからないですしね。


だから、もう退屈なこと、やりたくないことはやらない、って思ったんです。社会に出て20年働いて、もう十分がんばったんじゃないかなって。

他の人はどう思うかわからないです。

20年程度でがんばったなんて言うなって言われるかもしれないですが、私の人生なのでそこは関係ありません。

学校に行って、社会人になって、荒波にもまれて、いろんなことで悩んで苦しんで苦労してきたから、もう、いいなって。なんだかんだいいながら、一生懸命やったって、無理も我慢も、もう十分やったって、もういい、って本当にそう思いました。

で、40才を前にして、組織で働くことを辞めました。


今回のテーマは、「人生半分を過ぎたら」としていますが、そもそも人生が何年あるのかは誰にもわからないわけですから、そうなると何歳が人生の折り返し地点なのかもわからなくて、もしかしたらもうとっくに折り返し地点を過ぎてるのかもしれないですよね。

なので、私くらいの世代の人ではなく、若い人にも言えると思うのですが、要するに、いつ人生が終わるかわからないから、やりたいことはやっておいたほうがいいということです。

退屈だとか、おもしろくないとか思うことに使ってる時間はないわけですよ。

やりたいことを全部やりきって、最期の時に「あれもやった、これもやった、あーおもしろい人生だった」と思えるように、今できることから少しづつやっていって、楽しい毎日を送ることが大事なんじゃないかなと思います。


それでは、今回は「人生半分を過ぎたら退屈なことはいらない」というお話でした。

人生でやり残していることはないか、明日目が覚めなかったとしても
後悔はないか、という問いを忘れないようにしていきたいと思っています。

読んでくださってありがとうございました。


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