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最前線の『彼ら』へ②


⚠️注意

・これはCoC「最前線の僕らと絶海のデザートイーグル」のシナリオに関係したSSです。よって、当シナリオのネタバレを多分に含みます。現行未通過の方はご注意ください。

・このSSは私の個人的解釈によって書かれています。この小説に準拠してシナリオを回す必要は一切ございません。


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「どうしたんだ、空?!」
顔を涙でぐちゃぐちゃにして帰ってきた弟に、私は声をかける。
しかし、いくらそう聞いても、当の本人はランドセルを背負ったままその場で泣き続けるだけで何も言ってはくれなかった。
「言ってもらわないとわからないだろう、何かあったんだ?
またクラスの奴らになにか言われたりでもしたのか?」
私がそう言うと、空は泣きながらもゆっくりうなづく。
ほどなくしてやっとしゃべりだしたかと思えば、やはり空の口から語られたのは予想通りの話だった。
「今日…体育で、かけっこ、僕が一番遅くて、それで…またクラスの子が、僕にはーー」
「ーーもう良い。わかった。で?今そいつらはどこにいるんだ?」
私が話を遮ったのが不服だったのか、空は少しむっとした顔をすると、近くの公園の名前をぼそりと呟く。
「わかった。ちょっと待っていろ。」
私がそう言うと、間髪入れずに後ろから声を掛けられる。
「ちょっと茜ちゃん、また喧嘩?」
振り返れば、施設の先生は空の涙をティッシュで拭いてやりながらも、外へ出ていこうとする私に声をかけていた。
「すぐに済むから大丈夫だ、どうせ相手は小学二年生なんだから。」
「そんなこと言ったって、茜ちゃんだって小学四年生じゃない。もうすぐ中学生なんだし、女の子なんだから喧嘩なんてやめなさい。」
いつもよりも厳しくそういう先生に、私はむっと顔をしかめる。
しかし
「…姉さん。」
ふいに空が口を開く。そして、彼は半泣きのまま拳を私の方へと突き出した。その表情は、相変わらず涙でぐちゃぐちゃだったが、それ以上に私への信頼を湛えていた。
「…ああ、姉さんに任せておけ。」
そう言うと私は拳を空の方へと突き出すと、そのまま外へと飛び出していった。
「ちょっと、茜ちゃん?!…全く、お転婆なんだから。」
やれやれと頭を抱える先生をよそに、空は飛び出していった姉の背中が、曲がり角で見えなくなるまで見つめていた。

『忙しいと気が紛れる』
本当にそんなことがあるのだろうか、と初めは半信半疑だったが、実際普段の新人の前期教育指導に加えて、新しく幹部候補生の実習の補佐を始めてみれば、驚くほど空のことを考える機会が少なくなっていた。
確かに、朝早くから現場に赴き、1日中働きづめ、夜は疲労困憊で宿舎に戻れば、すぐに眠ってしまい考える暇すらないのだ。そうもなるだろう。
しかし、ここは現代日本。しかも私は航空自衛隊に務める公務員だ。そう公然と時間外労働ばかりしていては、またいつかみたいに上から休暇を取れとグチグチ言われてしまうことだろう。
それに、この補佐の仕事も一時的なものだ。その内いつもの業務だけに戻り、教官用の個室で一人何をするでもなく過ごす時間が増えてしまうのは時間の問題だった。
「…そういえば」
物の少ない個人部屋。その中の簡素なベットに寝転んだ私の声は異様に反響した。
そういえば、この間上官が言っていた、「防衛省からの特別任務を担う隊員」として私の名前が挙がっているという話。あれはどうなったのだろうか。
どんな仕事内容かまでは聞かされていないが、私にその任務が与えられれば、と思う。
今はとにかく動いていたかった。
空が、弟が死んだということを、考えたくなかった。

「姉さんは、将来何になりたいの?」
突然そんなことを言われ、私はすぐに宿題から顔を上げた。すると、真剣な顔つきをした弟と目が合う。
この養護施設では、同室は同性と決められていた。しかし初めてこの養護施設にきた私は、まだ小さく、人見知りも激しかった弟を赤の他人と突然同室で生活させるなんてことはさせられず、何とか頼み込んで私たちは例外的に同室にさせてもらっていた。
それほど気弱で、実際小さい時はいじめられたのなんのと言って泣いて帰ってきてばかりだった空が、将来の夢を、こんな真剣にするようになるなんて。
「…私の将来、か?それにしても、突然どうしたんだ?」
「あぁ、ごめんね。卒業文集で将来の夢の作文を書かなくちゃいけなくて。」
そう言って空は、まだ何も書いていない400字詰めの原稿用紙を私に見せる。
「あぁ、卒業文集か…懐かしいな。」
「そうだね。姉さんの将来の夢作文、という名の銀河鉄道の夜の丸写し、本当にびっくりしたなぁ。」
そう言って、空はクスリと笑う。それが少し恥ずかしくて、私はついむっとした。
「仕方ないだろう、提出期限ぎりぎりだったんだ。それに、その時は将来の夢なんて何もなかったし、そもそも何も書けなかった。」
そう言うと、空は笑うのをやめ再び真剣な表情で私を見つめる。
「ってことは、今は将来の夢あるの?」
「…まあな。
その、なんとなく、だが、警察か自衛隊に入りたいなと思っている…」
改まってこういう話をするのもなんだか照れ臭く、ついつい声が小さくなった。しかし、目の前の空はそんなことお構いなしに目を輝かせると、前のめりになって騒ぎ出す。
「絶対良いよ!姉さんにぴったりだと思う!」
そうまで言われるとますます照れくさい。私はカウンターパンチをお見舞いするべく、負けじと前のめりになって空に迫った。
「そう言う空はどうなんだー?人に聞いたんだからちゃんとお前も話してくれるんだろうなー?」
私がそういえば、たった今前のめりになって目を輝かせていた空が、途端にしゅんとし顔を赤らめ、別に…と小さな声でつぶやく。
昔から空はこういうやつだ。人に頼めるだけ頼んでおいて、自分の番になると急に手を引く。あの時だってそうだ、いじめっ子への復讐は全部私に任せきりで、空は何にもしなかった。私が甘やかしすぎたのだろうか?
だからこういう時は、ちゃんとはぐらかさずきちんと口を割らせなければいけない。こいつはそういう奴なのだ。
しかし、
「僕は…………気象予報士。」
そう言って、空は顔を赤らめた。
意外だった、もっと言いたくない言いたくないと粘ると思っていたが、以外にもあっさり空は口を割った。
「気象予報士、か……」
「…あはは、あんまりピンとこないよね。気象予報士。
でもね、すごいんだよ気象予報士。」
だんだんと、恥ずかしがっていたはずの空は饒舌になる。
「この間、地区の行事で気象観測所に行ったでしょ?」
「あぁ、お前が高いところ目当てで行ったところだったな。」
私がそう茶化すと、空はむっとして、真剣な話をしてるの、と釘を刺す。
だが実際そうだったはずだ。空は小さいころからタワーだの山だの、高いところが好きで、よく近所の小さな山への登山に付き合ってやったものだった。
「とにかく、それで気象予報士さんたちの仕事見て、すごく感動したんだ。魔法みたいだった!
空とか、衛星の写真とか見て、ここらへんの地域は後2時間くらいで晴れるって言ったら本当に晴れたんだよ!すごいでしょ!
それに、気象庁っていってね……」
そう興奮気味に言う空に、つい私は笑い声が漏れ出てしまう。するとまた空に茶化さないで!なんて言われてしまうが、今回ばかりは茶化すつもりはなかった。単純に嬉しかった。
私達には親がいない。勿論、姉としてできることはできるだけしてきたつもりだ。しかし、できないこともたくさんあった。空に我慢を強いたことも数えきれないほどあった。
けれど、そんな空が、気象予報士になりたいと言っている。
嬉しかった。ただただ、嬉しかった。

翌日、私に防衛省からの任務が下った。
曰く、一般人に銃や戦闘の教育をするのだという。
初め聞いたときは意味が分からなかった。しかし、途中から意味を理解する必要を感じなくなっていた。
私がしたいことは、やりがいのある仕事や、金になる仕事ではない。私がしたいのは、仕事、それのみだ。
やはり、そんな胡散臭い仕事の説明は全く持って十分ではなかった。それでも、二つ返事で了承した。
これで、少しは気が紛れる。

別に、一人になった時点で涙があふれてしまうというわけでもなかった。もうあれから一月もたっているのだ。それほど自分が弱い人間であるとは思っていないし、実際、その程度ならいっそ思い切り泣いて吹っ切ってしまった方がいい。
しかし、そうもいかなかった。
私を襲った感情は、おそらく無気力に近いもの。
だからか、一度休んでしまうと、立ち止まって考えてしまうと、次に動き出す力が湧いてこなかったのだ。
だから、何も考えなかった。休んでいたくなかった。
幸い、だったのかはわからないが。そんなやっつけ仕事のようなやり方でも仕事をこなせる程度には、私は器用だったらしい。
毎日が、瞬く間に過ぎていく。
これで良い、はずだった。

「もしもし、姉さん?元気にしてた?仕事はキツかったりしない?」
「そんなことはどうでもいい、どうだったんだ?結果を早く言ってくれ!」
私は、電話越しの空にしかりつけるように言う。すると、空は噴き出すように笑い、またしても肝心のことをなかなか言わない。
何度もせかしてやっと空の笑い声が収まり、やはりたっぷり間を空けて彼は言う。
「合格、しました。気象予報士試験、合格しました。」
顔がほころぶのを自分では抑えられない。わざわざ宿舎の人目につかないところで電話した甲斐があった。
「そうか、そうか、良かった…安心した。」
そう言う声も思わず上ずる。
詳しいことはわからないが、気象予報士の試験はすごく難しいらしい。毎年全体の5%だかしか合格しないらしく、かなり賢かったはずの空も、ここに来るまで相当苦労していたことは、もう同じ部屋で暮らしていなくともよく知っていた。
「……今まで、姉さんにたくさん苦労かけてごめんね。」
「……なんだ?突然。
まだ試験に受かっただけのくせに、一人前の社会人のつもりか?」
突然、改まったように空からそんなことを言われ、私は反射的に茶化してした。
「いや、そんなつもりじゃないんだけど…………
でも、今まで僕がやりたいことばっかやって、姉さんにたくさん苦労をかけたなって思って。そのことを謝るなら今日だなって、前から思ってたんだ。」
そう言う空の暗い声色に、私は小さくため息をつく。そして、見えるわけでもないのに、そんな気弱な弟へと微笑みかけた。
「前から思ってた、って。相変わらずだな、そのシチュエーションを気にするところは。昔から告白するなら観覧車の上だの、死ぬときはちゃんとベットの上だの、細かいこと言ってたな、お前は。」
「そんな、茶化さないでよ。僕はーー」
「苦労なんて、したつもりはない。」
私は電話越しの空の言葉を遮ってそう言う。ケータイからは、驚いたような息遣いだけが聞こえてきた。
「お前に私が苦労しているように見えたなら、それはきっとお前もした苦労だ。私たちが、親がいないせいでした苦労だ。
少なくとも、私が空に苦労をかけられたようなことは無い。断言できる。

お前が気弱でいじめられてばかりで、私がいじめっ子たちと喧嘩してきたのも。私が大学に行かずに自衛隊に入ったのも。お前に仕送りしてきたのも。全部私がしたかったことだ。
それが私の喜びだったからだ。
初めて、お前が気象予報士になりたいと言ったとき、私はすごくうれしかったんだ。それを絶対に応援したいと思った。絶対にかなえてほしいと思った、それが私の夢になった。

お前は、私の人生の犠牲の上に立っているわけじゃない。私は今も、お前の横にいるつもりだ。
だから、そんな考えは今すぐ改めろ。
お前は素直に喜べ。自分の努力を誉めろ。
私も素直に、心の底から嬉しい。

……ありがとう、空。」

電話越しに、鼻をすする音が聞こえる。すぐ泣くところは変わっていないようで、なぜか安心した。

それは、突然のことだった。
訓練の準備を終え、基地に戻ろうとしていた時。
突然、ケータイの着信音が鳴る。
こんな忙しい時に一体だれが、と思いその画面を見て、私は息を飲んだ。
「日下部 空」
紛れもない、弟の名前。
一か月前に死んだはずの、弟の。
考えるよりも先に、手が動いていた。

空が一人で無人島での仕事に就く、と初めて聞いたときは勿論止めた。
空にそんなことができるわけがないと思ったし、何より職業柄、サバイバルの厳しさは十分すぎるほど理解している。
しかし、呆れることに空はそんな私の忠告に耳を貸さない程乗り気だった。
曰く、その無人島である空沖島には、孤島には珍しい小高い山があるのだという。
それを聞いて私は頭を抱えずにはいられなかった。馬鹿と煙は高いところが好きとはよく言ったものだ。
「大丈夫だよ、別にサバイバルするわけじゃないし。それに、小さい時から人見知りだったから、こういう環境にはむしろあこがれていたんだ。」
「…………まあ、お前ももう大人なんだから、絶対に許さないなんて言わないが、でもーー。」
「それに、」
電話越しの声のトーンが上がる。
「いつか、姉さんに見せたかったんだ。僕の仕事を。
会社と違って、こんなところならそういうこともできるかなって思って。
こんなこと言うと恥ずかしいけれど、僕にとって姉さんは親よりもお世話になった人だから。だからその姉さんに育ててもらった僕が夢をかなえたところ、見てほしかった。」
そういう空の声は、いつか、いじめられたと泣いていた声とは、私に謝っていたあの時の声とはまるで違っていた。
自分の力で夢をかなえた、立派な大人の声。
私は姉として、空の唯一の家族として、ちゃんと成し遂げられたんだ、と思った。
「今度の、空の誕生日。そのころには前期教育の指導も終わる。
空が大丈夫なら、その日に行きたい。」

森田が重傷を負った。
その森田は、彼らを「空沖島」まで連れていく任務を与えられていたという。森田は、彼が新人だったころに何度か指導をしていたが、そんな任務を承っていたなんて初耳だった。
それだけじゃない。
「空沖島」
それは紛れもなく、空が亡くなった島。
本当に自分が馬鹿で愚かで腹が立つ。
何が仕事をしていればそれでいいだ、何が、何も考えたくないだ。それで大事なことが見えなくなってしまっては元も子もないじゃないか。

そのことを、空が教えてくれた。
そんな気がしてならなかった。
実際はただの偶然だ。けれど、突然死んだはずの弟から電話がかかってくるなんて、そんなことを考えてしまうのも無理ないだろう。
だったら、私のすることは一つだった。
「失礼します。」
ノックもせず、私は扉を開く。
するとそこには、私を待っていたかのように、一人の男がソファへと腰掛けこちらを見つめていた。
「話が変わりました。あの不十分な説明では任務を遂行することができません。
今後の円滑な遂行のために、より具体的な説明を求めます。
ーー和泉官房。」

「こちらです。」
そう声をかけられ、私は言われるがまま席を立ち、あとに続いてその部屋に入る。
最初に感じたのは、線香の匂い。
次に感じたのは、寒さ。
確か、以前聞いたことがあった。
遺体が傷まないよう、霊安室は底冷えするように寒いと。
それを初めて体感するのは、自衛隊の誰かが殉職した時だと思っていた。
私の目の前のベットに、それは横たわる。
顏には、白い布を付けられている。体全体も同様だった。
その布は、取らない方が良いと言われた。
傷がひどく、ご遺族に見せるのは気が引ける、とまで言われた。
そんなに配慮されても、こっちはそこまで気が回らない。
躊躇なく、顔にかかる布を取る。
静止されることは無かった。
きっとああは言っていたものの、そちらだってこうなることは予想していたのだろう。

息を飲んだ。
けれど、すぐに息が漏れる。
全身がこわばる。
どうして。
どうして、こんなことに。

脳裏に、フラッシュバックする。
両親が死んだときの、空の不安そうな顔。
いじめられて帰ってきた、空の泣き顔。
気象予報士になりたいと言って目を輝かせていた、空の嬉しそうな顔。
それだけじゃない。
合格を知らせた電話越しの声。
同僚との関係に悩んでると、はじめて職場の相談をしてきてくれた時の声。
空沖島で働きたいと、はじめて打ち明けられた時の声。
私が、姉として、空の唯一の家族として、ちゃんと成し遂げられたんだ、と思った、あの声。
これで大丈夫だと、そう思っていた。
私は、立派になった弟を、送り出したはずだった。

どうして?
何を間違えた?
何を、私は空にしてやれなかった?
何ができなかったから、こうなってしまったんだ?

空の顏に再び布がひかれ、私ははっとする。
どうやら、布を取って固まってしまった私に気を使ってくれたらしい。
葬儀やらの詳しい話は後日にしようかと言われたが、この後で構わないと言った。
それでも、かなり気を使ってもらったのか、話もそこそこに私は帰された。

外に出ればもう夕日は沈みかけており、隊からは宿舎に直帰するようにという連絡が来ていた。
もう夕方だというのに、セミがせわしく鳴く。
帰り道なのか、ランドセルをしょった子供たちがじゃれながら歩いている。

その全てを、見ないように、聞かないように帰った。

宿舎に戻れば、殺風景な教官用の一人部屋に出迎えられる。
それに少し救われた。
外に一歩出れば、何を見ても、何を聞いても空のことを思い出す。
確か、はじめて空が施設の他の子どもと話すようになったのは、みんなでやった蝉取りだった。空が溶け込めるにはどうすれば良いかと、施設の人と何回も相談して計画した。
私が高学年になって、はじめて別々に帰らなければならなくなった時、6時間目の教室から、空が友達と笑いながら帰っているのを見たときは本当に安心した。
それだけじゃない、ほかにも、確かあれはーー
「…………どうして」
抑えられず、言葉がこぼれる。
私の人生は、ずっと空の隣にあった。
両親が死んだあの日から、ずっと2人、そうして生きてきた。

なのに

一度こぼれてしまっては、もうせき止められなかった。

「………どうして、っどうして!!!?」

喉が痛む。
周りに人の気配がないのが幸いだった。

涙も、声も、あふれ出て止まらなかった。
空が死んだ。
空が、私の弟が、私の家族が、何よりも大事だった、空は死んだ。
…どうして、何が...何が間違っていた?
どうすれば、どうすれば良かったんだ。
私が島に行くのを止めていたら良かったのか?
気象予報士なんてやめろって...そういえばよかったのか?

嗚咽しながら泣いても、叫んでも、何をしても、もう、何の意味もない。
空は、死んだ。

「私に聞くのでよろしかったのですか?
それこそ、そちらの航空幕僚長にお聞きになった方がよかったのでは。」
探るようにそう言う和泉官房が、一瞬たりとも私から目をそらすことは無かった。試されている、と直感的に感じる。
ならばこちらも、正面から向かうしかなかった。
「その航空幕僚長が和泉さんに聞くようにと申したので。」
私は、座ったままの和泉さんに近づく。
「ご存じだとは思いますが、この任務に関わる森田が重傷を負いました。私はすぐにその救護に向かいます。
...ですが、その前にお聞かせいただきたい。」
私は彼の対面のソファに座ると、前のめりに、威圧するように浅く腰かける。
航空自衛隊の長たる航空幕僚長にしたのと同じ方法だった。航空幕僚長には、すぐに「自分は何も知らないから和泉に聞け」としっぽを巻いて逃げられてしまったが、どうやら目の前の相手は違うらしかった。
今の和泉官房の表情は、今まで、他の任務で何度か見てきた彼のものとは異なっている。
真面目で、淡々と仕事をこなしていた彼からは想像もつかない程、今の彼の瞳は私をまっすぐに見つめていた。
「日下部一等空曹」
彼はそう言うと、おもむろに立ち上がる。
「森田二等空曹の救護任務に、航空幕僚長の息子さんの、木本二等空佐をお連れいただけませんか?」
「...は?
どうして急に、というかまだ何の説明もされていませんが。」
そう言うと、和泉官房はテーブルをはさんだ私の前へと近づいてくる。
「もちろん、後でご説明させてください。
それに、私の多くの至らなかった点も、後ほど謝罪させていただきたいと思っています。
ですが、無礼を承知でお願いさせていただきます。」
そう言って、彼は頭を下げる。
「私の、『彼ら』を救うための案に、ご協力いただけないでしょうか。」

『彼ら』には、夕方の大仕事まで眠って良いといった。
昨日あれほどハードな訓練をしたのだ、私が言わずともぐっすりだったことだろう。
その間に、私は空沖島の中にある小さな山を登っていた。
山と言っても、大きな丘のようなもので、何の準備もなくとも簡単に登りきることができた。

そこに広がっていたのは、青い海を一望できる景色。
周りにそれを遮るものは無い。ただそこにあるのは、絶海と私のみ。
波の音が心地よく、強い海風がたたきつける、

空は、この山を目当てに行ったようなものだったからか、仕事が終われば専らここで時間を費やしていたようだった。
だから、遠くの空に「ソレ」を見つけることができた。
そして、こんな高所だったから、「ソレ」の目を刺し、「ソレ」を追い払った。
さすがにもう残ってはいなかったが、調査が入った時には、この丘からあの建物まで血痕が続いていたらしい。

「最後はベットの上で、か。
ちゃんと、成し遂げられたじゃないか。」
何とはなしに、海に向かってそう口を開く。
海は言葉を返すことも、沈黙することもなかった。
ただ、波の音がこだまする。
「…お前が、あの時あの化け物を追い返せていなかったら、今ごろこの国はどうなっていたんだろうな。
全く。………私は、お前の見る空を守りたくて航空自衛隊を選んだのに、どうしてこうも、大事なところを持っていくんだか。」
波が、岸壁に打ち付ける大きな音がする。
その音に隠れれば、何を言っても良いような気がした。

「……空、すまなかった。
どうすれば、空が死なずに済んだのか、何度も考えた。
……けれど、わからなかった。
どうしてこうなってしまったのか、私にはついぞ答えが見つけられなかった。
恨むなら、恨んでくれて良い。呪ったって良い。
ただ、そうするなら私だ。
お前の無念も不満も、私が全て、後で受け止める。
…だから、どうか。
そこで見ていてほしい。守ってやってほしい。
この国を、『彼ら』を。」

そう言って私は、はるか遠くまで届くように、その拳を強く、海へと突き出す。

最前線の、その隣。
そこで、ひときわ大きな波の音がしたような、そんな気がする。

fin

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