無題

さようなら、4年間過ごしたキャンパスをあとにする。
見送りに来た後輩からもらった花束を抱えて毎日のようにくぐった改札を通り過ぎる。

「次はどこで何をするんですか?」

わからないね、と笑い話のように答える。先輩の作品すきでした。なんてよくわからないことを言い始めるものだから、じゃああげるよ。と梱包箱の入ったロッカーのカギを渡した。
おそらくここに来ることはもうないだろう。

特別悪い環境でもなかった、たしかに細かい不満を募らせるとたくさんでてくるのだが、振り返ってみればいい出会いもたくさんあった。
ただもう来ることもないし、思い出話に花を咲かせるほどの愛着はない。

部屋に戻ると、特にやることもないので部屋をあとにするための荷造りを行う。
大半のものは捨てるか譲るかをしてしまったのであまり時間がかからない。
実家に送る荷物と最後に持っておきたいものに分ける。

段ボール二箱分の荷物が出来上がった、ほとんどが本らしい。
ちやほやされたり、恵まれていると得意げになっていたが蓋を開けると段ボール二箱分で説明できるような人生であったらしい。積み重ねてきたつもりの努力も評価も表層をなぞって他人と社会のつけた名前に依存してきたものでしかない。
そんな自分の人生の空虚さとはかなさに辟易とする。
ここには何も残っていない。
なんとなく4年前、5年前の自分のことを思い浮かべるが、幻のように吹いては消えていく。
夢物語を語っていた自分はもうどこにもいない。金と生活、夢と現実に挟まって思い描いた世界とは程遠いところにやってきたらしい。昔持っていたはずの熱量は何もない、何も起こらない生活に少しずつ、少しずつ奪われていって、冷めて、ついには抜け殻になった。

部屋も研究室も明け渡し、荷物も居場所も所在もなくなったので旅をすることにした。
貯めておいたお金とこの前の賞金をはたいて、行き先も考えずわけのわからない程遠いところ行くことにした。
人の目と先の生活を気にすることもないので、新幹線で遠くに移動し、高いホテルに泊まる、特にすることもないので朝から晩まで酒をのんですごす。
誰が使ったかわからない部屋のダブルベッドは快適で不必要に延泊を重ねて朝から晩まで酒を飲み続けた。

なぜこんなことをしているのかと考える。
考えてはっきりさせるともしかすると楽になるのではないのかと考えて延々と答えのない思考を堂々巡りする。
結局のところ、何にも縛られたくは、依存したくはなかったのだ。
田舎、学校、社会、そんなものに縛られたくない思いが自分の根底にあったにも関わらずに
評価だとか、納得だとか、金とか生活、あらゆるものに縛られ、依存しそれらに納得して過ごしていくうちに自分の考えなど昔にわすれてきてしまったのだろう。

それらのすべてが空っぽになった部屋とそこにおいてあった誰かの言葉で埋め尽くされている。

混濁した頭で手元の携帯を確認する、不在着信と連絡がいくつも入っている。
どうやらこういうものに無意識に依存して支えられてきたのだろうと自分でも辟易として電源をきった。

ホテルをあとにすると見覚えのある標識と景色であった。
そういえば昔家族で訪れたな、なんてことをぼんやりと思い出す。
どうやらかなり遠くに来たらしい。

どことなく懐かしく
綺麗な景色と思い出にふいに涙がこぼれる。

崩れる視界に驚きつつも
自分の中の原風景が忘れた遠いところにあったことに今更ながら気づいてしまったのだ。

どうしようもない感情に襲われながら、衝動的にあたりの景色をの一つ一つ確認するように、あるいは何かを拾い集めるように歩き回る。

缶コーヒー片手に地元に帰る方法を模索する、カラオケボックスを経由し、鈍行列車で帰ることになるらしい。
やめだ、やめ、ほの暗い感情を吹き飛ばし自分に喝を入れて足に力をいれる。
「バカなことをしようとしてたなぁ。。。」
時間はかかるが仕方がない。当面の制作費のほうが必要だ。

コーヒーを飲み干し、電車に乗り込む。
移り変わる景色を横目にこれからのことを夢想する。
車窓の景色の輪郭は、はっきりしたまま一つ一つ遠くに離れていく。
横を見ても振り返ってみればもう何も見えない。
ちゃんと戻らないとな、
列車はゆっくりと走っていく。

面白かったら珈琲代を恵んでください。 そのお金でお酒を飲みます。