勝手にアニメキャラのセックスを想像してみた

第26回 新沼文世−7

私が目覚めたのは、翌朝の8時半過ぎだった。
「ヤバイ、しまった! 寝坊した!」
慌てて私は部屋の中を見回したが、もうその時には彼の姿はなかった。
ベッドのキャビネットの上に、彼の筆跡でメモがあった。
急いでそれを手にして、内容を確認する。
「仕事があるので先に部屋を出る。
支払いは済ませておいたから心配しなくていい。
またいつか、会えることを楽しみにしている」
……そうか。もう彼は部屋を出たんだな。
私は便箋をたたもうとして、もう1枚メモがある事に気がついた。
「よかったよ」
その紙には、その一言だけが書かれていた。
地味で根暗でいも臭い、なんの取り柄のないOLを、彼は「オンナ」として、大事に扱ってくれたのだ。
そのことに、私は深く感謝した。
次に会う時は、今以上に「いけてる、オシャレなオンナ」として会えたらいいな。
その思いを胸に、私は手早く身支度をしてホテルを出た。
その時は、もう一度彼にだいてもらえると無邪気に信じていた私。
だがそのふわふわした気持ちは、あっという間に消えることになろうとは、この時点では、思ってもいなかったのだった。

それから数日後、ショー実行委員会の最後の会合が開かれた。
私も、先輩社員数人と一緒にそれに参加した。
会合は滞りなく進み、平穏無事に終わると思っていた瞬間、司会者の口から思ってもなかった言葉が飛び出した。
「えー皆さま、ご報告が遅れましたが、本プロジェクトの責任者である舩見幸汰は、一身上の都合をもちまして弊社を退職いたしましたので、お知らせ申し上げます」
この言葉に、周囲は一斉にざわめいた。
最後の最後になって、責任者の挨拶がないってどういうこと?
すかさず参加者の数名からは
「退職理由は?」「いつ付けで退職?」という質問が飛んだ。
しかし司会者はどんな質問にも「答えられない」
「個人のプライベートの問題なので、回答は差し控えていただく」
の一点張りで、一同が納得できる回答はついになかった。
「それでは時間がまいりましたので、これをもちまして会合は閉会、プロジェクトは解散といたします。皆さま、どうもありがとうございました。今後とも、何卒よろしくお願いいたします」
司会者の無機的な口調からは
「もう彼のことには、触れられたくない」
という意思がありありと見て取れた。
私はモヤモヤした気持ちを抱えたまま、のろのろと会場を出た。
「先輩、舩見さんのことについてなんか掴んでいませんか?」
外に出るなり、私は傍らにいた先輩に声をかけた。
「いいや……私も、今聞いたばかりだからびっくりしているよ」
のろのろと首を振りながら、先輩はうめいた。
「ただ、な……」
「何か聞いていたんですか?」
先輩は、答えようかどうしようか迷っていたのだろう。しばらく黙っていた。
「風聞なんで、何とも言えないんだがな……」
「なにかあったんですね?」
ああ、と先輩は力なく返事をした。
「あの舩見って男、いろいろとよくない噂のあった人物でね……」
そう言った後、彼女の口からは、彼に対する恨み辛みの言葉が出てきた。
カネ、時間、オンナの全てにおいてだらしがない。
仕事はそれなりにできるが、部下に対する態度は尊大で、パワハラ、セクハラの常習犯。自分の権力を笠に着て、フリーランスの首を平然と切り捨てる、等々。
「私の知っている範囲においては、物腰穏やかな方だと思ったんですけどね」
「そりゃそうさ。ああいう人間は、公の会合やパーティーでは本性を隠しているものなんだよ」
「女性にも、もてそうだったんですけどね……」
「それなんだがな……」
私の背中に、冷たい汗が流れ落ちる。
「彼、既婚者で子どももいるそうなんだよ」
その言葉を聞いた私は、呆然とその場に立ち尽くした……。
そんな……そんな……
私を抱いてくれた男性が「既婚者」だったなんて……
「そうだったんですか……」
私は、そう返事をするのが精一杯だった。
「ああ、そうらしい……って、お前、アイツとなんかあったのか?」
「いいえ、彼とは仕事だけの関係ですが」
打ち上げパーティーの後で「男女の関係」になったとはとても言えない……
会社に戻った後、私は休憩時間を利用して彼のケータイに電話をかけ、アドレスにメールを送った。
しかし携帯は
「お客様のおかけになった番号は~」
という、無機質な音声が流れるだけで、メールは英文で「宛先不明」で手元に戻ってきた。
そして私はそれっきり、彼と顔を合わせることはなかった。

タブレットに表示された事故の犠牲者一覧の中に彼の名前を見た私は、一瞬時が止まったような感覚に襲われた。
「無職 舩見幸汰さん(42)」
確か彼は、私と初めて対面した時は、自分の年齢を「30歳」といっていたと記憶している。新聞の記事が事実であれば、彼は10歳以上、自分の年齢をごまかしていたことになる。
そういえば彼は、自分の家族構成については一言も話さなかった。
私と知り合った時は、結婚していたのか、別居していたのか、あるいは離婚していたのか。今となっては、それを確かめる術はないし、知りたいとも思わない。
だが、あの夜私を抱いた時にかけてくれた言葉。
アレは、彼のホンネだったのだろうか?
私が知りたいのは、それだけだ。

視線こそタブレットにむいているが、意識は完全にあさっての方向を向いている。
当然、記事の内容はまったく頭に入ってこない。
「……お客様……あの、お客様」
マスターに声をかけられるまで、私はタブレットを黙ってみていたのだろう。
「お客様、ご注文の野菜サンドウィッチとモスコミュールでございます」
怪訝な表情を浮かべながら、マスターは私の前に注文したものを、テーブルの上に置いた。
すいません、いただきますといいながら、私はモスコミュールを一口飲むと、サンドウィッチをかじる。
その合間にタブレットの画面を眺めながら、私はあの夜以降にワタシが体験した出来事を、ぼんやりとお持ち出していた。

彼に抱かれてからの私は、あちこちから
「きれいになったね」
「そのファッション、素敵だよね」
と声をかけられることが多くなった。
異性から褒められて、嫌な気分になる女性はいない。こんな腐女子でも私を口説こうとしている男性がいるという事実を、私は黙って受け入れることにした。
声をかけられたことで仕事の話をし、時に食事や酒宴を共にする。
そして話が盛り上がれば、ベッドを共にしようという、邪な願望を抱く男達。
もちろん彼らの下心は、KYな私もお見通しだ。
だが私の会社の同僚たちは、男性からの誘いを嬉々として受け入れ、情熱的な一夜を過ごし、それを女子会で得意げに話す人ばかりの集まりだった。
出版業界は、他人が思っているほど華やかな業界ではない。
「本は好きだが、他人と話すのは嫌い」という、いわゆる「コミュ障」が一番関わってはいけない世界。それが出版業界だ。
人と関わる機会が多いということは、それだけストレスがたまりやすいということでもある。
その一線を越えると、人間は快楽に突っ走る。
知らず知らずのうちに、私もその雰囲気に染まっていた。
仕事で知り合った男性と仕事をきっかけに酒席を共にし、自由奔放に、そして貪欲にセックスを楽しみ、その出来事を「夜の武勇伝」として女子会でぶっちゃけ、みんなから受けをとる。それが今の私だ。腐女子時代の私は、いったいなんだったのだろうと思うくらいに。
私はサンドウィッチをかじりながら、処女喪失以来関係を持った男性の数を、心の中で数えてみた。
1人、2人、3人……あの人も、この人も。そしてその人も。
数えてみたら、この3年で私と寝た男性は、10名近くにのぼっていたことがわかり、愕然となった。
編集者になりたての頃の私は
「オシャレなんて、持って生まれた人間のためのものだ」
「オシャレな人間は、服装で人の格を図ろうとしている」
というガチガチの先入観で凝り固まり、オシャレな人間を敵視し、男性のお誘いに応じる同僚を軽蔑していた。
そんな私が、嬉々として男性の誘いに応じ、ベッドの上で乱れ、喘ぎ、そして燃えまくる、はしたなく淫らなオンナに変身している。

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