とやまの見え方・草森紳一さんのこと

2020年7月10日投稿

 不思議な体験をしました。

 御祖父が富山から北海道へ移住され、そこで生まれた西部邁さんのことを書き終えて一息し、さぁて…と、いつもの書店へ出かけたときのことです。

 新刊書の棚で、『雑文の巨人(マエストロ) 草森紳一』(柴橋伴夫著)を手にして、パラパラと目次を見ていきました。

 この書籍は、草森紳一(1938-2008)さんの多数ある著作を通して草森さんを評論するという構成ですが、柴崎さんのコラム「ビートルズと草森紳一」が目にはいりました。

 ビートルズは、1960年代から今もなお根強い人気を保っているイギリスの音楽バンドですが、私の経験では、ビートルズ関連の書籍は、書名に“ビートルズ”を含むものが多く、また、それらは音楽の書棚に並んでいることが大半です。今回のように目次や本文の中で“ビートルズ”という文字を見つけるしか手掛かりのない書籍に遭遇するのは、極めてまれです。ビートルズ好きの私には、大変な幸運です。わずか5ページのコラムとはいえ熟読すべき逸品と即断して購入しました。

 コラムは、草森さん自身の著書『ナンセンスの練習』(1971年刊)を素材に取り上げていました。意外にも草森さんは1966年のビートルズ来日時の5日間、彼らに密着取材していた経歴があるというのです。

 その草森さんがビートルズを“ナンセンス”という切り口で考察の対象にしていることに、柴橋さんは、強い違和感があったといいます。しかし柴橋さんは、ビートルズの楽曲「The Fool On The Hill(丘の上の阿呆な男)を引き合いにして、ビートルズが“ナンセンス”の考察の対象となっても不思議でないと、草森さんに賛同します。

 たしかにビートルズは“ナンセンス”に関心を持っていました。来日した1966年の1年後1967年に発表した楽曲「Lucy In The Sky With Diamonds」(ダイヤモンドと一緒に空を飛ぶルーシー)や「I Am The Walrus」(俺は海象)などは、ビートルズの母国イギリスの文学作品「不思議の国のアリス」や「マザー・グース」に影響を受けているといわれています。

 かくして、ビートルズ大好きの私は、思いもかけないビートルズ発見に大いに満足し、その後は飛ばし読みをしながら巻末まで来てみると、そこには、「草森紳一 略年譜」が掲載され、その第一行が、次の通りです。

 〈1938年(0歳)2月23日、北海道河東郡音更村に生まれる。父は草森義経、母はマスエ。6人姉妹弟の長男。先祖は、富山県砺波市から北海道に入植した。父は、地元の産業や教育界で活躍した名士だった。〉

 西部邁さんに導かれるようにして北海道の富山県の縁者を見つけることになるとは…(ビートルズに気をとられていた私でしたが、改めて同書を初めから読み直すと、本文の第1ページに、同様のことが書いてありました。)

 そこで、私はもっと草森さんのことが知りたくなって、日を置かず街中の大型書店で、そこに唯一在庫のあった草森さんの文庫本『本が崩れる』を買って来て読み始めると、こう書いてありました。

 〈数年前、風呂場の中に閉じ込められたことがある。
 一仕事が終わり、ひさしぶりに痒くなった白髪頭でも洗ってやろうかと、廊下の傍にあるドアをなかばあけ、いざ風呂場へと、いつもの調子で窮屈そうに半身を入れた途端、なにか鋭い突風のようなものに背をどやされて、くるっと脱衣室の中へまきこまれるように押し込まれてしまった。
 ドドッと、本の崩れる音がする。首をすくめると、またドドッと崩れる音。一ヶ所が崩れると、あちこち連鎖反応してぶつかり合い、積んである本が四散する。と、またドドッ。〉

 こうして、著作をする場合には膨大な書籍を駆使し、それらを部屋と言わず廊下と言わず2DKの住まいに積み上げている(その数3万冊)ことで有名な草森さんは、崩れた本の山で開閉不能となった脱衣場に閉じ込められました。悪戦苦闘しながら脱出するまでの顛末は、この文庫本に延々と記述されています。この書名『本が崩れる』は、伊達や酔狂ではないのです。

 そして、この購入の数日後のことでした。

 何の因果か今度は私が、浴室に閉じ込められてしまいました。私の場合は、中折れドアの取っ手がはずれて、ドアを手前に引くことができず、逆に押しても開きません。真っ裸の私は、浴室の壁をドンドン叩いて家人に助けを求めるハメになりました。

 ちなみに、草森さんの上述の書籍『ナンセンスの練習』は、富山県内の公共図書館では、“砺波”の市立図書館のみが所蔵していて、その図書館は新築移転の最中で、この本は、閉鎖中の書庫に閉じ込められていました。

(引用参考文献) 『雑文の巨人 草森紳一』柴橋伴夫著 未知谷 2020年3月刊
『随筆 本が崩れる』草森紳一著 中公文庫 2018年11月刊

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