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【たべもの九十九・へ】ペペロンチーノ〜酔っ払いのスパゲッティ

(料理研究家でエッセイストの高山なおみさんのご本『たべもの九十九』に倣って、食べ物の思い出をあいうえお順に綴っています。)

好きな人に初めて作った手料理が何か覚えていらっしゃるだろうか?あるいは作ってもらったものを。

私が夫に初めて作った料理はスパゲッティアラビアータだった。唐辛子を入れて辛味をつけたトマトソースのスパゲッティ。

みじん切りにしたニンニクをオリーブオイルで炒め、赤唐辛子の輪切りか、半分に折ったのを加え、あればパセリのみじん切りを加え、缶詰のトマトの水煮を崩して入れる。あとは塩。そこに茹でたてのスパゲッティを入れて和えたら出来上がり。

シンプルなスパゲッティであるが、さらにシンプルなスパゲッティがある。ペペロンチーノだ。

ニンニクと唐辛子のオイルスパゲッティ。
日本食で言ったらかけそば、かけうどんみたいなものであろう。

イタリアのご家庭では茹でたスパゲッティにパルメザンチーズをたっぷり乗せただけのものを食べたりもするらしい。こちらはお茶漬けとかふりかけご飯みたいなものだろうか。さすがにレストランのメニューで見かけたことはないので、食べてみたい方は少し良いチーズを買って家で作ってみてはどうだろう。普段お料理をしない方でもスパゲッティを茹でて、そこにチーズを和えるだけ。オイルやバターを加えてもいい。そして味を見て塩胡椒。
インスタントラーメンの袋麺と手間は変わらないと思う。サッポロ一番塩ラーメンを作れる人ならチーズスパゲッティは作れるはずだ。

しかし、ペペロンチーノの方はそうはいかない。シンプルなだけにかえって難しい。このパスタの正式名称は「アーリオ・オリオ・ペペロンチーノ」。日本語にすると「唐辛子・オリーブオイル・ニンニク」。そのまんまですね。

実際、味付けはそれだけだから、バランスとか塩加減とか難しいのだ。私はペペロンチーノにキャベツやツナなど具材を入れてしまう。これだと具材の旨みが加わるおかげで、失敗することはほとんどない。

子供の頃、スパゲッティといったら、ナポリタンかミートソースしかなかった。家で母が作ってくれたのはもっぱらミートソース。今のようにパスタソースなんて売っていないから、野菜と挽肉を炒めてケチャップで味をつけただけであったが、家で洋食が出ることは少なかったので、喜んで食べた。

中学生の時、家族でレストランに行き、初めてナポリタンでもミートソースでもないスパゲッティを食べた。佐野市民会館の近くにあった洋食店であった。それは塩味のあさりのスパゲッティで、青紫蘇が入っていた。
紫蘇の爽やかな香り、あさりの旨味が際立つ塩味の、ケチャップとは無縁のスパゲッティに出会い、私は感動した。以来、その店ではあさりのスパゲッティしか食べなかった。

2021年の東京では世界中のどんな食べ物でも本場並みに食べることができる。友人のイタリア人を新宿にあるスープスパゲッティの専門店に案内したら、バジルとトマトのスパゲッティを「今まで食べたスパゲッティの中で一番美味しいわ!」と言ってくれた。お世辞も入っているだろうが、美味しかったことは本当だと思う。

ペペロンチーノの話に戻ろう。

夫と結婚記念にイタリアを旅行した時のことだ。朝はパンとコーヒー、フルーツがホテルで提供されたので、昼と夜を外で食べた。昼夜基本的にスパゲッティを食べた。

本場イタリア。メニューにはいろいろな種類のパスタがあった。スパゲッティはパスタの一つに過ぎない。パスタにはスパゲッティ以外にもマカロニ、ペンネ、ラザニアなど太さも長さも形も様々あり、その種類は地方独特のものまで含めると650種類くらいあるのだ。
時々はスパゲッティ以外のパスタも食べた。でも基本的にはひたすらスパゲッティを食べていた。夫の好物がスパゲッティだからだ。サラダやスープもつけるけれど、基本はスパゲッティ。

その中で、3回食べたスパゲッティがある。限られた旅行期間中に3回である。フィレンツェに2泊したのだが、その時の昼、夜、翌日の昼を同じ店で食べた。

私たちを(というより、主に夫を)魅了したスパゲッティの名前は「酔っ払いのスパゲッティ」(メニューはイタリア語と英語で記載)という。

フィレンツェ在住の日本人ガイドさんに半日ガイドをお願いした時にその店とそのスパゲッティを教えてもらった。

「このメニューはまだ日本では知られていないと思いますよ。」

私たちは素直におススメを注文した。オリーブオイルとバルサミコ酢をかけたグリーンサラダを食べていると、目の前にスパゲッティの皿が置かれた。

それは紫色をしたペペロンチーノであった。
唐辛子とオリーブオイルとニンニクで炒め、イタリアンパセリが乗せられた紫色のスパゲッティ。

(え?これ?)

具も何もなし。正真正銘のペペロンチーノ。麺の色だけが特別であった。ガイドさんはニヤニヤしている。
フォークをとってスパゲッティを絡め、食べる。
それは、これまで味わったことのない不思議な味がした。心地よい酸味。滋味深い味わい。一口、二口。食べるにつれ、鼻に抜けるイタリアの土の香りとでも言おうか、そう、これはイタリアの土地の味だ、と感じた。

確かにこれは日本では見かけませんね、とガイドさんに説明を求めると、麺の紫色は赤ワインということであった。それで「酔っ払いのスパゲッティ」という名前なのか。

シンプルだけど、シンプルゆえに真っ直ぐな味わい。
ワインの有名な産地の一つであるイタリアはトスカーナ州のフィレンツェの味と思えた。

そう思ったがゆえに「またあのスパゲッティが食べたい」という夫のリクエストに応えて、3回も同じ店に通ったのだ。そのくらいインパクトのあるスパゲッティであった。

旅行から戻って、「酔っ払いのスパゲッティ」は美味しかったね、と夫と話すうちに、ある日突然作り方が降りてきた。私は料理の天使と仲が良く、時々レシピが降りてくるのである。

「スパゲッティをお湯ではなく赤ワインで煮て、唐辛子とオリーブオイルとニンニクで炒めたらいいんじゃない?」

早速スーパーで500円以下で買える赤ワインを2本調達し作ってみた。赤ワインでパスタを茹でるのは、お酒の匂いがキッチンに充満するし、色も魔女の毒薬作りの釜を髣髴とさせるすごさがあった。

タイマーが鳴って、スパゲッティを引き上げると、そこにはあの時の紫色をしたスパゲッティがあった。さっそくペペロンチーノにして、イタリアンパセリをパラッと乗せて塩味で決める。

ドキドキしながら夫と食べた。それはフィレンツェで食べた酔っ払いのスパゲッティに限りなく近い味であった。
以来、そのスパゲッティは我が家の定番になっている。

…と言ったら収まりがいいのだけれど、それから2回作っただけだ。なぜならお酒も好きな私は、いくら安いテーブルワインとはいえスパゲッティを茹でた後のワインを捨てるのが忍びないのである。

イタリアで撮った写真が見つからないのでネットで探した写真を拝借しています。今は日本でも知られてきて、レシピ検索をすると多くの方が「酔っ払いのスパゲッティ」を紹介しています。


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