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【たべもの九十九・め】メンチカツ〜ハンバーグだと思っていたもの


(料理研究家でエッセイストの高山なおみさんのご本『たべもの九十九』に倣って、食べ物の思い出をあいうえお順に綴っています) 

子供の時、晩御飯に出るとうれしかったもの。
誰もが一つはそんな思い出の一皿があるだろう。
父がいる夕飯の席は、大体が父主体におかずが作られる。魚、煮物、天ぷら、漬物。色合いは地味だった。おかずがお肉や餃子の日は嬉しかった。

特に好きだったのはハンバーグ。うちのハンバーグは小判形で、パン粉がまぶしてあって、ケチャップメインのソースでくるまれていて、これが美味しい。
ハンバーグがいくつもどーんと積まれた一皿がテーブルに置かれると、うれしさで胸がはち切れそうになった。

家長として家族に君臨していた父親のもとで、父のいる夜の食卓には父の好物が並び、子供のためのメニューが作られることは滅多になかった。そんな我が家の食卓で、ハンバーグは子供のために作られる数少ないメニューであったように思う。お母さんがハンバーグを作るのはお父さんのためではなく、私と弟のためだということを本能的にキャッチしていて、それでなおさらうれしかったのかもしれない。とはいえ、和食党の父もこのハンバーグはよく食べた。

父は食い道楽の人で、よく家族を外食に連れて行ってくれた。行き先の一つにデパートの大食堂があり、洋食体験はだいたいそこから始まっていた。

小学生の私がこよなく愛したのはお子様ランチだ。あんなに心躍る食べ物はそうはない。ケチャップライスにハンバーグ、エビフライ、ソーセージ、フルーツにプリンとか、とにかく子供の憧れの食べ物(少なくとも私にとっては)が一つのプレートに乗ってくるのだ。

次に好きだったのは鉄のお皿に乗ったハンバーグだろうか。外で食べるハンバーグはうちのと違っていた。パン粉はまぶしていないしソースも絡まっていない。ご飯もお皿に平たく乗ってくる。ナイフとフォークで食べるのも家とは違っていてワクワクした。

ひき肉がむき出しになった茶色いハンバーグは「外のハンバーグ」と思っていた。うちのハンバーグとそとのハンバーグ。そのどちらも好きだった。

大学進学で家を離れた後も、帰省する時にはリクエストしてうちのハンバーグを作ってもらっていた。私も大学生になって自炊のため料理デビューをしたので、ある時作り方を聞いてみた。
そうしたら、ひき肉に玉ねぎのみじん切り、卵を入れて種を作り、それらを小判形にまとめ、小麦粉、溶き卵、パン粉を付けて揚げる。揚げる?揚げてあったの?

「そうよ、揚げた方が美味しいでしょ?」

どうやらうちのハンバーグはハンバーグの種に衣をつけて揚げた後で、ケチャップ、ウスターソース、ミリンを混ぜたソースを絡めたものだったらしい。

「ひき肉に玉ねぎのみじん切り、卵を入れて種を作り、それらを小判形にまとめ、小麦粉、溶き卵、パン粉を付けて揚げる」

お母さん、私、その食べ物を知ってるよ。それはね、ハンバーグじゃなくてメンチカツって言うんだよ。

10数年もハンバーグだと思ってきたものは、実はソースにまみれたメンチカツだったのである。これは衝撃の事実であった。それまで気づかなかった自分も自分だけれど。
ともあれ、家でハンバーグだと思って食べていたものが美味しかったことに変わりはない。

そんな「うちのハンバーグ」に、ある時、外で出会った。

いっとき羽田空港から飛行機に乗る時、それが昼時ならば売店で万世のカツサンドを買って乗るのが慣いになっていた。ビールと共に機内に持ち込んで、空を眺めながら昼ビールを飲みつつ食べるカツサンドは地上で食べる時よりも数段美味しく、空旅の楽しみにしていたのだ。

ところが、ある時、その万世のカツサンドが売り切れていた。カツサンドが置かれていたであろう場所には「ハンバーグサンド」だけが残っていた。これまでカツサンド一筋だったので、ハンバーグサンドの存在は知っていたけれど、買ったことはなかった。

「いっか、これでも。」

ハンバーグサンドを手に取りレジに向かった。
いつものように飛行機が飛び立ち、シートベルトのサインが消えて、明るい上空の光を感じながらハンバーグサンドを取り出し蓋を開ける。
カツサンドはソースをまとってカツの輪郭が黒っぽいが、ハンバーグの輪郭はケチャップなのか赤っぽい。断面も粒々している。そんなことを思うともなく思いながら一つ手に取り口に運ぶ。

「⁉︎」

たぶん目が見開いたと思う。
カツサンドとは違った美味しさが口に広がった。そしてその味は、懐かしい「うちのハンバーグ」にとてもよく似ていたのだ。

万世のハンバーグサンド

「国産黒毛和牛を使用した合挽き肉を万世レストランと同じハンバーグパテをフライにしたサンド」

これは、肉の万世のホームページにあるハンバーグサンドの商品説明の一文だ。

そう、「フライ」にして特製ケチャップソースで包まれているまさにメンチカツ状のハンバーグであったのだ。

それ以来、万世サンドを買うときは、ハンバーグサンド派になった。自分で作るのは少々面倒くさいが、万世のハンバーグサンドで懐かしい味に会えるのだ。

あるいは、リクエストしたら齢80を越えた母は、あのうちのハンバーグを作ってくれるだろうか。

★★★いつも読んでくださってありがとうございます!「スキ」とか「フォロー」とか「コメント」をいただけたら励みになります!最後まで、食の思い出にお付き合いいただけましたら嬉しいです!(いんでんみえ)★★★

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