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H美ちゃん。

私は
中高一貫校の
お嬢様校に行った。

私たちは
所謂ベビーブームの
真っ只中に生まれた。

女子ばかり
1クラス65名。
1学年13クラスだった。

そんな中
一生付き合える
大切な友だちを得た。
その中の1人が
H美ちゃんだ。 
彼女の母は1人娘で
女学生の頃には
親の決めた許嫁がいた。しかし
教師と恋をして
親に
最初に生まれた子どもを養子にするので
結婚をさせて欲しいと
懇願したそうだ。
提案をのんだ親は
H美を養子として
籍に入れた。
手広く商売をしながら
不動産オーナーとしても遣り手の養父〓祖父は
H美ちゃんにも
卒業したら直ぐに
式を挙げる様に
婿を決めていた。
私たちの中で1番
早くに結婚した。

1男1女の母になったが
間もなく離婚したと
風の便りが届いた。

養父所有のビルで
高級クラブを始めたと
知り
帰省した折に友だちと
店を訪ねた。
可憐な少女が大変身。
立派なママの姿で
艶やかに咲いていた。
久しぶりに会った
私たちは女学生に
戻り楽しい時を
過ごした。
Kが突然言い始め
のりの良い私たちは

"次回はセーラー服を
着て同窓会をしよう"
と決めた。

1年後
40間近な私たちは
セーラー服を着て
同窓会をした。
貴重な思い出になった。アハハ

間もなく 
我が家も夫が倒れて
日々が戦闘体制に
なり毎日の暮らしに
戦々恐々としていた。
ある晩
Faxがきた。
H美から
店も辞め彼を
追って東京に
今住んでいるが
姑が厳しい人で
電話を盗聴されるので
Faxでやり取りしたい。
というSOSだった。
直ぐに私たちはやり取りを始めた。
しかし
頼りの彼が進行性の癌に罹患して看病に
明け暮れているという
Faxを最後に連絡が
途絶えた。

私は
夫を天界に送り
久しぶりに帰省すると
H美は
居酒屋のお母さんに
変身していた。
彼の看病をしていた
当時
3日
高知に帰っている
間に東京のうちは
玄関の鍵を姑に変えられて中に入れず
入院先に近いホテル
から看病に通っていた
そうだ。
真実を告げる事もなく
彼を
天界に送りだしたのだが
一緒に住んでいた家にはタンスに800万円の
現金と祖父から譲り受けた"幻の辻ヶ花"と云われる高級和服等が置いて
あったという。
これらは他の友だちから聞いて唖然とした。
裁判して取り返す事を
勧める人もいたが
しなかったよと
あっけらかんと言う。
潔い。潔すぎるが。

その後
帰省すると
登山靴履いてH美が
プチ同窓会にきた。
聞けば
敷地内に小川の流れる
市内から車で30分程の場所を購入して
ログハウスを建てて
山暮らしを始めたという。

お街のお嬢さんが
山女に変身!
山の中腹に1人暮らしとは
変わり身の見事さに
唖然とした。
今は
大工さんの力を借りて
ツリーハウスを造っている。
ふもとの子どもたちと
遊ぶ為にねーと
語る姿は少女の頃を
彷彿とさせる。
可愛い。見事だ。
夜は
県展に出品する
漆塗りの屏風を制作
しているそうだ。


漆塗りの
可愛いブローチを
貰っていた。
"継続は力なり"

今や大作に取り組む
位に力量が増したのだ。
無くした物に執着せず
いつも前に進んでいる
友に貰う
エネルギーは
暖かく光に満ちている。
  ありがとう!

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