見出し画像

今日はなかなかな日

昨夜精進落としをした。
朝 近所に住む
祖母の弟の娘から
電話があり16日に
母親が亡くなったと
連絡がきたと部屋に
弟が入ってきていう。

私の両親は実母を
共に3才で亡くしていた。
随分
成長する迄事実を
知らないまま私達は
身近にいる祖母を
血縁のある祖母として
接していたし事実を
知ってからも同じように
大切な存在だった。

父の父親は妻が次々に
変わり父にとって   
中には
折檻の酷い女性もいて
随分辛い少年期を送って
いたようだ。そんな
孫の窮状を風の便りで
聞いた実母の両親が
連れてきたのが
9番目の妻である
私達の生まれた時から
いた祖母だった。
美しい女性で私は
優しい祖母が大好きだった。

その祖母の弟の娘からの
連絡だった。
気の良い父が林業をして
いて景気の良い時に
父親の後添いの実家を
建て直してやり
八百屋だけでは
家族を養うのは大変だろう
日本人の食生活も
変化する筈だからと話して
〇治乳業の販売権を
取らせていた。

父の没落後は
私を市内のお嬢様校に
通学する為に  
建てていた家で
私達は暮らす事になった。

かくして私は
貧お嬢様として暮らした。
   アハハ
従妹でもない
おじさんの娘とは
年も近いし仲良く
過ごしお互いに近所で
成長した。 

その母親が
母の死の翌日に亡くなる。
人生の不思議に
感慨を持ち
様々に考える日になった。
うちは神道
あちらは仏式
弔いの方法も様々だ。

高知の冬は
陽射しのある日は暖かい。
うちの前にあるベンチで
私の母を含めた3婆が
日向ぼっこしながら
お喋りに興じていたが
これで 
皆が天界に揃った。
お喋りはまだまだ続く…..
….と思えた。
 ラブ&ピース

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?