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おしゃれが好き

私は教室に咲く花と
して
いつも明るく立っている。

自粛生活を維持して
いるので
メ〇カ〇で新品の
物を安く手に入れる。

マスク生活も長くなり
最近
入会してくれた子どもの
顔が瞬時に見分けられない。いけない事だ。
子どもの持つ雰囲気を
掴むように心掛けている。

ブランド品は好きじゃない。自分の感性に合う物を
選び 私らしくしている。

余談だが

田舎の小学校で出会った
恩師(K先生)はかなりのおしゃれさんだった。
しかし後に伺ったおりに
「あの当時私は服が3着しかなくて色々大変だったのよ」と云われたが
それを微塵も感じさせなかった 
K先生の聡明さに感服した事だった。当時
先生は1人で息子さんを
育てていた。そして
寝たきりの姑をお手伝いさんとみていた。

最愛の娘をバスの転落事故で亡くした先生は
生き残った人たちの
親ごさんと自分は
どこが違っていただろうか?と思い悩み
自分の中に信仰心がない
と気付いた。とか
弘法大師様の教えに
従い自分の中に信仰心を
育てたと聞いた。

亡くなった家族が遺族会を
つくり ご主人は会長職に就いてバス会社を相手に
補償問題で弁護士と共に
訴訟を起こしていたとか。
しかし暫くして
その事故で
未亡人になった方と暮らす
ようになった。
先生は娘と夫をも失っていたのだ。

晩年のご主人は
病に倒れ体が不自由に
なり住んでいた家でもて余されていた。
伝え聞いた先生は    
息子さん夫婦と話し合い
相手の方とも話をつけて
ご主人を家に連れ帰り
最後まで看取られたのだ。

大人になって聞いた話
だが
いつも明るく前向きな
先生は訪ねる度に
当時80代だったのだが
来年の事や再来年の事を
話題にする。
暖かい言葉と明るい笑顔に見送られて
屋敷を後にした。

華美ではないが
いつもおしゃれで素敵な
女性だった。
93才を最後に
“今の姿は誰にも見せたくないのよ。分かってね。〇ちゃん”と云われた。

明治生まれの気骨のある
先生の矜持をみた。
先生は95歳で天界に
旅立たれた。

濃いグリーンの襟元にカットワークのあるワンピース。恩師の最高のおしゃれな姿が目にうかぶ。
いくつになっても
おしゃれに過ごしたい
と考えられる幸せ!
 ありがとうございます。

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